どうかぼくをころしてください

+零壱▲偏僻


まえもくじつぎ





どうしよう、このままじゃルカ皇子が死んでしまう!




深手を負いよろよろと先へ進んでいく皇子、それを守る白狼軍。
もみくちゃになりながら手をのばしても、皇子には届かない。




このままじゃ、死ぬ。





「リオウ! ここはまかせてあいつを追え!!」





仲間の言葉にはじかれるように足が動いた。
ぼくの体も焼け焦げてあまりうまくいかないけれど。





それでも、彼を助けなくちゃ!
それが自分に出来る、彼への懺悔だから。





「だめだ! ルカ・ブライト!! そのお守りを開けちゃいけない!!」





遠くにいる彼に言葉が届くはずもなく、開放された光る命が、そらへと舞い上がっていく。
だめだ、それは、合図なんだ。同盟軍が弓を射る、的になる!





踏みしめて思い切り走り出す。
はきつぶしたブーツのソールが、ごつごつした石の感触を痛く伝えてくる。





「やめ、ろおおお!!」





一陣の矢の嵐は、皇子を守る兵士を潰した。
大丈夫、まだ時間はある。忠義に厚い兵のおかげで距離が縮められる。





見ろ!





皇子にだって人望はある!





彼を守るために壁としてどれだけの人がこの短時間に死んだ!?






第二陣の矢の嵐は、ひざを折る皇子を覆うようにぼくの背中が受け止めた。
背中の焦げた痛みが、鈍痛から鋭くなり、声が漏れ出る。




「ルカ皇子……あなたは、間違っています……」
「……貴様も、あの女のような頭をした男と同じことを言うのか……!?」





「ちがう! 否定してるんじゃない! あなたが憎み、屠る相手は、ちゃんと居ます! 無差別に殺さなくて良いんです!」





「何を世迷いごとを、貴様、この期に及んで……」





遠くから、弓兵を止めるシュウの罵声が聞こえる。
よかった、これ以上背中に穴が開いたらぼくも耐えられないから。





「ぼくの父はあなたの母を汚した!!」





大きく叫べば、ルカ皇子の顔色が変わったのが暗闇でもみてとれた。





「殺したいだろう、憎いだろう! お前の母親は死んだが、汚した男の残滓はこうして生きて居るぞ!!」





「き、さま、が、母を汚した男の子供だと……!?」





皇子の目に生きる希望とも思えるような光が差し込むのを感じると、心が高揚感に包まれていくのがわかる。
それとは正反対に、ぼくを見つめる同盟軍の冷ややかな視線が、空気をこわばらせていくのもわかる。





そりゃあ、そうだ。皇家を汚した人間の末裔が同盟軍のリーダーなんて、三文小説の展開そのものだ。
むしろゲンカクの息子だかなんだかより、もっとロマンチックと言えるだろうか。反吐がでる。





「お前がここで満身創痍なのは、ぼくたちに密告してきた奴が居るからだ……ルカ皇子は裏切られた」
「……だから、なんだと」
「憎くないか、そんな腐った奴らが。やさしいフリして協力するフリしてお前を蹴落とそうとした奴らが」





口をついた言葉は、自分にいいたい言葉でもある。




ゲンカクじいちゃんが死ぬ間際に話してくれなければどれだけ良かっただろう、と口に出してから思う。





「なにが、言いたい……」





「手を組め、ルカ・ブライト。お前を陥れた奴を殺すんだ、お前は英雄となり、それからぼくを葬るが良い」
「貴様、正気か!! 自らを殺せという馬鹿がどこにいる!!」
「ここにいるよ」
 




笑ってみせると、力がぬけて、ひざが落ちた。
じいちゃんのことばが、すぐとなりから頭に流れ込んでくる。









すまないリオウ、お前を育てたのは、憎しみの心からだ。
いつかお前がダレルを言及するように、身をもって不義の証とするために……
お前の父親は皇家を襲い、王妃を食い物にした、最低な男だと……そうしむけたダレルを、失脚させるように……





じいちゃんは、そうしてほしいの。





今はもう、いいんだ、お前に、申し訳ないことをしたと、思っている……





なら言わなくて良かったのに!





すまない、どうしても、懺悔せずには居られなかった。
お前を汚いものを見る目で育てることが出来なかった。
お前は賢く、やさしい子だ、そのまま、あるがままに生きてくれ……
すまなかった、すまなかった……良き人生を、描いておくれ……





じゃあなんでこんな、最期の時に言うんだよ!!
……もう、無理だよ……






ぼくは汚いんでしょう。






良い人生ってなんだよ。







言わないで居てくれたらぼくはきっと幸せだったのに!!
知ってしまったら、ぼくは、もう、この世界に必要ないって、理解してしまう!!





ぼくの存在理由はなんだろう……?





……そうだ、謝って、殺してもらって、すっきりしてもらえたら、ぼくにも意味があるような気がする……




ぼくはあなたのおかあさんをよごしたおとこのこどもです。
どうかぼくをころしてください。










「う……」





まぶたの切れ込みから走る光にリオウは眉を寄せ、声を漏らした。
一度、二度、もやもやと眼球を覆う筋肉を動かすと、ゆっくりとひらいていく。





鮮やかさを通り越して輝かしい白色光に、リオウは思考を停止させる。





ここはどこだ、天国とでも言うのか、こんな人間に。
それとも何か解剖台の上にでものせられて、ライトアップでもされているのか。





体を動かしてみると、マットに面する背中がこすれ、痛みが体中に走った。
生きていることを理解すると、自分の至った経緯を思い出してみる。





フリックも、ビクトールも、明かりのない夜闇の中、必死に戦って、ぼくにつなげた。
ルカ皇子を殺す作戦だ。





ぼくはどうしても殺せなくて、彼を自由にさせてしまう。
だって、ぼくは殺されたいんだから。





皇子は大きな木の下で、蛍を浮かべて……





「そうだ、ルカ皇子は!!」





皇子は生きているのか、気を失ったあとに殺されてはいないか、
ハイランドに帰れたのか、確かめなくてはいけないことは多かった。





思い出し、早く確認を、と体を思い切り持ち上げてしまえば、
体中を走る痛みにリオウは呼吸を一瞬忘れそうになった。





「っつあ……ってえ……っ」





歯をこすり合わせ、痛みに耐えると、脇に座っている人物が目に入った。
ホウアンかトウタか、と視線を巡らせると、リオウはまた呼吸を止めてしまった。





無言でこちらを見ている人物、ルカ・ブライト。





「あ……皇子、無事で……」





やっと吐き出せた二酸化炭素が紡いだのは、ルカ皇子を気遣うものだった。





そういえば、ぼくは彼に対して傲慢な口の訊き方をしてしまったなあ。
嫌われたかな、まあ、敵なんだし、好かれるよりは良いか、殺してもらうんだし。





「寝ておけ」
「……皇子の怪我は、大丈夫なんですか」
「覚えてないのか」
「は、はい、たおれたなあってことは覚えてるんですけど」





ルカ皇子は溜息をついてリオウの肩を押し、寝かしつける。
その動きは緩慢としたものであり、また気遣いの端が見て取れるような流れだった。





「お前は紋章で癒せるだけ癒した」
「あ、そうなんだ……それで元気なんですね、よかった……ってことはぼくけっこう死にかけてたってことかあ」





「お前はどうしたい?」





皇子はまっすぐ、深い色の瞳でリオウを見据える。
その表情は無色ではあったが、かすかに戸惑いの色も含ませていた。





「どうしたい……か……ルカ皇子の仇として殺されて、皇子がまっとうに王制を敷くこと、かな」
「……俺に殺されたいのか」
「ぼくはあなたにトラウマを植え付けた男の血を継いでるんですよ。到底、生きて償いきれるものじゃない」





憎いでしょう? とリオウが笑いかけると、皇子は体を震わせた。
リオウはその反応に心がわななくのを感じた。
夜、仇だといった時の瞳に生気がやどるのを見た、それはまちがいじゃなかったと。
生きる糧を新たに得てくれたのだと。





「でも、今すぐ殺されるのは、ちょっと、考えますね」
「ほう?」
「ここで殺されたら、あなたは咎を受け殺されてしまう」
「だから、お前はクーデターを敷けと言ったのだな?」





リオウは頷いた。
ルカ皇子の目が少し柔らかくなり、申し出を受けてもらえるのかと心がはねる。





「ハイランドと密通できるよう、配慮します。定期的に連絡を取って、事を進めてください」
「俺に信頼できる奴はおらん」





「何を言うんです、白狼軍の兵士はみんな、あなたに尽くした。王威と人望を、あなたは持っている」
「フン……あれは皆恐怖に捕らわれて動いただけだ」





「あなたが死ぬとわかったなら、寝返ることも出来たはずだ、ちがいますか?」
「…………」





「あなたは人を信頼することを覚えなくちゃ」
「そんな必要はない」





「今までは、ね。でも目の前に仇が居ます。ほかのみんなは仇じゃありません。ほら、信頼できる対象になった」





ルカ皇子は目を丸くし、笑顔で話すリオウをまじまじと見つめた。
それはまったくもって理解できないからだったが、自称、仇は言葉を続けていった。











頭の回る子供だ、とルカは体中を包帯でまとめたリオウの表情を見ながら息をついた。
くるくるまわる瞳とあがる口のはし、きらきらする言葉の羅列。
そのすべてが希望に満ちあふれていて、男には少年が奇妙で仕方がなくなっていた。





たしかに、仇と言われて生きる気力が湧いたのは確かだが、
少年はそれを吹聴されただけではないのか。自分が思い込んでいるだけではないのかと。





そうであれば殺す理由など無い、以前と変わらず、全てが敵で、仇で、憎たらしいものだ。





「お前、もっとぞんざいな話し方じゃなかったか?」
「え? あ……夜襲の話ですか? あれは、ことばづかいが悪い方が印象悪くなるかなって」
「今はいいのか」
「だって、もう、話しちゃったし、ルカ皇子も元気になったし、殺す気になってると思うから、いいかなあ?」
「……俺に聞くな」





やはり奇妙だ。
自分の周りにいなかったタイプの人間を目の当たりにして、ルカは戸惑っていた。
仇だ、殺せと言いながら、どこの誰よりも優しい言葉と提案を男に与える。





「お前が仇だとは信じられん」
「大丈夫です。ちゃんと父親から聞きました……雷雨の夜の出来事も」





ルカは喉をつまらせた。
サウスウィンドウでの一件を思い出したからだ。
あのとき、この少年が背中をさすってくれながら謝った言葉を。
どうして謝ったのか気になりつつも放っておいたが、それがここにつながるとは。





「祖父の葬式の時、参拝にきたんですよね、ぼくを捨てた父親が……そのときに、聞きました」
「その男はどうした」
「殺しました」





さらりと返され、男はたじろいだ。リオウの表情は動揺もなく、凪いでいる。
うっすらと笑みさえ浮かべている。





「道場裏の木の根元に埋めました」
「なぜ殺した。そいつを俺に突き出せば良かろう」
「アル中で骨がいってたし、王宮に行こうと言ったら、拒否されて、じゃあ、ぼくが背負います、って」
「貴様がすることでは無かろう!!」
「ぼくの存在意義なんです!!」





少年が背負うべき汚れではなかったのだ、とルカが声を荒げれば、リオウからも反論の声が上がる。





「あなたの仇であり、殺されるということが、ぼくの生きてきた目標なんだ!」





この少年は狂っているのか、と男の背中に冷たいものが一筋降りていく。





誰が死ぬために生きているという?
そんな当たり前のことを目標に掲げてどうするというのだ。
死ぬからこそ、生きている間の目標があるのだろう、とそこまで考えが及ぶとルカは我に返った。





かたちは違えどリオウと同じことを考えていたのだ。





自分と同じだからこそ、リオウのことが気になっていたのだ、とルカは結論づけた。
しかし今、それが必要でも、役に立つとも思えない。





ならばひと思いに殺してやるか? と考えても、ルカの思考は即座に否を指し示す。
男は奇妙な感覚を否定し、こねくり回し、そして今受け入れようとしていた。






自分が少年を殺せないこと、仇と思っていないこと、けれど仇と思ってやろうということ、
男が、リオウを救いたいと思っていること。




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