どうかぼくをころしてください

−零壱▲虚無


まえもくじつぎ




同盟軍随一の切れ者軍師の部屋で、リオウは猫を撫でていた。




柔らかな毛並みは日光を浴びて甘く美味しそうな感覚を与えてくる。
ガラス玉みたいな瞳が細められて、とても可愛い毛むくじゃら。





そこに扉が開く音がひびき、部屋の主であるシュウの目が丸く見開かれた。





「これはこれはリオウ殿、どうなされましたか」
「本、読み終わったから、あたらしいの見繕ってもらおうと思って」





古代軍師の兵法書と言われる全十冊を読了したとは、とシュウが苦く笑えば、リオウもまたにやりと笑う。





「ぼくには知識が足りないからね。どんどん吸収していかないと」
「……ナナミが驚いていたぞ。そんなに勉強家だったとは、とな」




「だって、国の代表になるんだろ? ただのお飾りじゃ、みんなに申し訳が立たない」
「ほう、自覚はあるわけだ」




「シュウも頼もしくなっていくぼくがうれしいだろ?」
「それはどうですかな」





シュウは本棚から適当に、二、三冊見繕うとリオウに投げるように寄越した。





「人の知識にも限界があるものです」
「限界までは詰め込めるんだ」





不敵な笑みを浮かべるリオウに、シュウは再び眉を寄せるとその頭をくしゃりとかき混ぜた。
軍師にも、少年が焦るように知識を吸収していく本当の理由を見定めることが出来なかった。





「ラダトも占領されて、のこるは本土決戦だ……ぼくはぼくの出来ることを精一杯やらなくちゃ」





シュウの耳に一瞬、自然に、という単語が流れ、まだ言葉の使い方も定まっていないな、と残る幼さに笑みをこぼした。





「主が気になさることではありません。ただ、王道を突き進むだけで良い。荊は私が一掃しますから」
「それって汚れ役って奴だよね」
「……まあ、そうなるな」





「自ら汚れることが出来る人、ぼく、大好きだ」





ひざに猫を置いてにっこりと笑う姿に、シュウは何を見るのだろうか。
細める眼は、いとおしさの現れのようでも、気遣いのまなざしにも見て取れる。





「ジョウイもきっと、そういうことなんだろうなあ……」





だからぼくも、がんばらなくちゃ。みんなが納得できるおわりにしなくちゃ。
リオウの視線は猫の毛並みを追っているようで、その実、何も見ては居なかった。











ハイランド軍がサウスウィンドウを出て侵攻してくる、その言葉にリオウは胸が高鳴った。
もしかしたら、ルカ・ブライトが出陣してくるかも知れない。
自分の不謹慎な気持ちを隠しながら、リオウはシュウの言葉に喜んで従った。





シュウの策は成り、結果キバ、クラウス両者の身柄を確保することが出来たが、リオウの心は晴れない。
ルカ・ブライトと相まみえる機会は、ちゃんとあるのだろうか、と、今の身分から考えれば高い可能性にも、
リオウは無意識に焦りを感じていた。





「リオウ殿、リオウ殿!」





シュウの言葉に慌てて顔を上げ、現在の状況を改める。




キバとクラウスを仲間にしたい、と言うのがシュウの言葉だ。
才あるものを殺してしまうのはもったいない、と言う気持ち、よくわかる。




けれども、家臣の気持ちを汲めば、親子の首をはねろと叫ぶ気持ちもわかるのだ。





無意味に生きることの苦痛を、ぼくは知っているから、とリオウは結論づける。





「すぐにでも首をはねろ」





「リオウ殿! あなたも学んだ身ならば私の言葉の意味がわかるでしょう!」





シュウの非難の声が気持ちいい。
リオウはどこかぞくぞくとした気持ちで、同じ言葉を紡ぐ。





「彼らにとってこれ以上生きている意味がないというのなら、首をはねてあげたらいいじゃないか」





「あ、あなたという人は!!」





軍師がこらえきれずリオウの胸ぐらを掴み、そのことがリオウに真実を告げてくる。




このひとはまっすぐに怒れる、ひとを裏切らない人物だと。
それがうれしくて、にっこり笑ってシュウを抱きしめる。





「ごめん、シュウを試した。あなたはまったく信頼できるひとだ……首ははねないよ」





でも、首をはねてあげることが親子にとって最善なのだろうと思ったことも正直に言葉にした。





キバとクラウスはその言葉に静かに驚き、また、届いた手紙に言葉を無くした。






ルカが実父を殺した!!





その事実はリオウの心もえぐっていく。
父親を殺すことに、皇子はためらいがなかったのかと。











ルカ・ブライトとの決戦も近づいた、ぴりぴりとした緊張感の中だった。
夜、リオウにとって日課となったシュウの部屋での勉強会に闖入者があった。





「お勉強のところ、すみません」





申し訳なさそうに入ってきたのは、クラウスだ。
肩身の狭い思いをしていないかと声をかけると、慌てて大丈夫だと答えが返ってくる。





「ルカ皇子との戦いも目前になりましたね」
「うん、そうだね」
「だからこそ、私は……リオウ様に確かめたいことがあります」





細目の光が、リオウにささった。
リオウは面倒くさいな、と思いつつも先を促す。





「あなたは、ルカ皇子の父殺しをわたしたちと同じようにつらい気持ちで受け止めていましたね?」
「そうだったかな?」




「あなたはルカ皇子と早く接触したいようにも見える。なにかあるのではありませんか」
「何も……あ、いや、あるか」





クラウスの問いに、シュウも同じようにリオウの顔色をうかがい、答えを急かした。





「そんなの決まってる。この戦いを終わらせるためだよ」





虚無の浮かんだこの答えを前向きに受けとったのか、ふたりは同時に破顔した。





誰も知らない、リオウがルカ・ブライトに殺されたがっていることを。
そしてそれをリオウも誰かに打ち明けようと思わなかった。





少年はひとりで戦い、結論を出した。
皇子に殺されることが自分の目的なのだと。





この戦いを終わらせる……自分の死によって。




どうかぼくをころしてください。
言葉に出来ない哀願が、虚無を抱いてぬるい風を招く。




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