滑稽な平行世界論理

eX03:煌星波止場


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もう戻ることはないだろう、と思っていた部屋からぼくは青空を眺める。
長い期間を経たその場所は、すっかり様変わりして、もののかたちも家具の場所も変わってしまっているけれど。



「いい加減なれろ」
「おあいにくさま。とっくに慣れてる」



背中に投げかけられる言葉を見ずに返すと、気配がゆっくりと背中にまわり、後ろから覆い被さるようにルカもぼくと同じことをした。
大きい体を自慢するつもりか。やっぱりそれなりに成長してから継承した方がよかったな、軽率だった、ためいきをつく。



「もう旅になど出る必要はない」
「なにそれ。ぼくがどっか行くって言うの」


「……ティルのほうがよかったか」



ルカの飲みこむのを無理矢理出したような声に、こちらも喉がつまった。
思わず顔を上げると、逆光で顔の全てが真っ暗にうつる。



「そう言うには何か根拠があるんだ」
「ティルと酒を飲むたび、お前が楽しそうに過ごす話を聞いた」
「そういえば、いつ会ってたの」
「……俺が職務で遠征する時、奴が近くにいたらこちらに文が飛ぶようになっていた」
「全然気付かなかったなあ」



こちらのほうが、不服だ。
自分の知らないところで楽しそうに話していたなんて。



「ルカこそ、ぼくよりティルさんがいいんじゃない? 何度も会う内に、とかあり得そう」
「クッ……嫉妬か?」
「ちがう。一般論を述べただけ」
「男同士に一般論もあるまい。貴様はいつも滑稽だ」



ゆっくりと落ちてくる唇を受けとりながら、鼻にこすれる少し伸びたひげに眉を寄せる。
一日経たないうちにひげが出るとか、うらやましいし格好良い。
自分には何日経っても生えない男の模様。



「……母さんに、及慈雨であれ、って言われて、そうありたいと思ってたけど、結局、そんな立派な人間にはなれなかったなあ」
「恵みの雨のように慈悲深く、か……なるほど、貴様には合わんな」
「集中豪雨だって?」
「そうだ。受けとるのは俺だけでいい」



「……ぼくだって、あんただけに降る雨がいい」



体に這ってくる手のひらを、もう身をよじって逃げたりしないし、暴言も吐かない。
もうしないと言ってた行為も、こいつとだけなら、もういいんだ。



「甘ったるい言葉をやろうか」
「いらない」
「あんなに欲しがってたのにか?」
「……今日はティルさんが来るから……」



ルカが眉を寄せて、それから耳もとで鼻を鳴らすように笑う。



「及慈雨は俺にだけ、だろう?」
「ティルさんは特別」



とくべつ、そう、とくべつだ。
一歩引いて、ぼくとルカの考えや関係にも、そっと寄り添ってくれた、兄弟よりも近くて、親よりも遠い人。
ふたりにとっても、彼は家族だ。
そんな大切なひとが来るのに、欲しい言葉を与えられて、火照りやまない顔色で一緒に杯を交わしたくない。



「やはり貴様ティルの方がいいんだな!?」



乱暴に肩をつかまれて向き合うように体制を整えさせられる。目前には牙をむいた狼。全く怖くない怖い顔。



「そういう意味じゃなくって! 欲しいものもらって、まっ赤な顔とか見られたくないの!」



ぼくの一言にルカは苦笑し、それから上機嫌に笑い出した。



「勘ぐられるのが恥ずかしいか」
「そうだよ、悪いか」
「いや? そうだな、今日はやめておこう」
「今日は? って」


「これからの毎日、全部を使って二百年分を取り戻す。覚悟しておけよ、リオウ」



黒くにやりと笑って手指の関節を高く鳴らして、傍から見ればケンカの誘いだ。



「……おてやわらかにね」



こまったように笑って了承すると、頭をやさしく撫でられる。
時間が経っても、ぼくたちは変わらない。



ううん、いや、変わった。



お互いを尊重して、関係が進んでも、友達みたいに振る舞えてる……
年月は確実に、内側から人を成長させていくんだと嬉しくなった。






「んで、僕が旅してる間に溝はなくなった?」
「みぞ?」



ティルさんが持ってきた群島諸国で人気だという土産の焼酎を三人でゆっくり舐めながら、ほろ酔い頃にそんな話になる。


「だからあ。セックスだよ、セックス。やって二人の溝はなくなった?」


僕は口に含んだ焼酎を思い切り吹きだし、大理石のテーブルを汚してしまう。慌ててナフキンでそこをぬぐいながら、否定する。



「な、何言ってるんですか!? 男同士ですよ!?」


「気にしないでよ。僕、当事者じゃないし、君たちならビジュアル的にもオッケーだし、偏見ないから」
「そうじゃなくてどうしてそんな話に」


「ルカが酒入ると毎回愚痴るんだよなー、リオウが嫌がったって」
「……そうだったか……?」



「ルカ!! お前って奴はこの恥さらしがああ!!」



つかみかかると簡単に両腕を取られて、まるで抱き上げられた猫と同じ状況になる。
ふうふう言って恥ずかしいのを何とかこらえていると、なんともまじめな顔をしてルカの口が開く。



「溝はなくなった」



恥ずかしさに体の力が一気にぬける。
ルカの腕から抜けて、もそりとソファに体をよせた。



「あー、そっかそっか、よかったなあ! 一人旅しながらそれが気になっちゃってさ、ギクシャクしてたらまずいなあとか」


「……ティルさん、他人の下半身の心配ばっかりしてたって事ですか……」


「いや、だって、同性のことだしね、興味のベクトルが面白い方向に跳ね上がるというか」
「ぼくと旅してたときもそんなことばっかり考えてたんですか……」


「んー? だいじょうぶ、それはない。だってルカと一緒にいなかったじゃない」


……ということは、ルカと一緒にいなければティルさんにこんな下世話なことを考えさせる必要もなかったということになる。


「ティルさん、また共に旅しましょう!」
「え! 本当? うれしいな」


「リオウ! 貴様何を言い出すか! 二百年分やってないのだぞ!」


「お前がそんなこと言うからティルさんが変な心配ばっかりするんじゃないか! ぼくはふつうに旅の話とか聞きたいのに!」


「あ、それじゃあ二百年分終わったら旅しようか」


「断る! それから先もやるのだ!!」
「何勝手にことわってんだよ!!」


ティルさんが笑う、ルカも、僕も溜まらず笑う。


「それじゃあさ、次は三人で旅しよう。旅行でもいいさ」


三人うなずく。


「ティル、貴様は一人部屋だがな」
「そういうことなら声は小さくしてねリオウ」


「だから!! 下世話な方向に!! するな!!」


せっかくきれいにまとまるところだったのに、とルカに肩パンチを入れたら、ティルさんは今日一番愉快そうに笑った。
やっぱりいいなあ、家族って感じがする、と。


「家族ですか?」
「そうだよ。家族って、あけっぴろげに話すじゃない」


そういうものかな? なんて首をかしげると微笑まれる。


「リオウがお母さんでルカがお父さん。僕は放蕩息子。あはは、どっかの大統領と一緒だ」


ぼくたちは笑う。
星と同じように、つねにそこにあるぼくたち。


ひとりじゃないよろこびも、かがやく星と同じように。





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