滑稽な平行世界論理
滑稽な一般論-07-
人ってこんなにたくさんいるものなのか!?
パレードを見るために集まった人々にもみくちゃにされながら、
一体どれだけの人間が街に収容されていたのか、
考えるだけで頭が変になりそうだ。
「リオウ、大丈夫?」
「う、うん、なんとか……ティルさんは?」
「こっちもなんとか、ね。穴場を見つけたから、ついておいで」
「え? あ、はい!」
ティルさんに招かれるままに人垣を無理矢理進んでいく。
柔らかい人間の体は、百年単位じゃそう目立った進化はしないんだなあ。
謝り歩きながら、そんなよそ事を考えていた。
ついたところは先ほどの混雑が嘘のようにすっきりしている。
道の等間隔に憲兵が置かれている、これって穴場って言うよりは……貴族用、なんじゃないだろうか。
「ティルさん、ここ、たぶん穴場じゃなくて貴族用ですよ」
「ん? いいんだよ。ここで。貴族扱いなんて気持ちが良いじゃない」
「へ?」
よくわからないまま首をかしげる。
みわたせば人々が、こちらをいぶかしげに見つめてくる。
そりゃそうだ。旅人が貴族用の場所に堂々と立っているなんて、
一般民が注意するタイミングを計るのも無理はない。
……もっとよく見れば、憲兵の向こう側に貴族らしき人までいた。
「やっぱり、ここ、ぼくたち居ちゃいけないんじゃないですか」
「なんで」
「だって、ほら、まわりの人みんな変な目で見てきてるし、場違い感満載じゃないですか」
「でも、ここだから」
「だからなんでですか」
ぼくの疑問は、遠くからの歓声とトランペットの音でかき消されてしまう。
王の乗っているのは、あの白い馬車かな?
真っ白い塗装に蒼い皇家の紋章が映えて美しい。
その馬車が、ゆっくりとこちらに方向転換する。
観光客、住人、貴族、みんなが一体となって王の歩みを喜びで満たしていく。
ぼくたちの居る隙間に入ろうと人々は躍起になり、
憲兵もまたそれを抑えるのに必死だ。
……もういいじゃないか、もみくちゃになってもさあ、と
その光景を半ば冷めた目で見つめていると、僕らの前で馬車が止まった。
馬車の扉が開き、赤い絨毯が滑るように落ちてくる。
ぼくの心臓は痛いくらいに早鐘を打つ。
ティルさんの顔を見ると、彼は全てを知っているかのように笑って見せてくる。
どういうこと、と口に出る前に、馬車から人の降りてくる気配。
人々の歓声、舞い踊る紙吹雪。
こわい、歩いてくる人物を見るのが、こわい。
そのこわさは、ぼくが思い描いていたものだから?
そしてそれがくずれていくのがこわいから?
うつむくぼくの前に、さしだされた手のひら。
「この国の栄華はみたか」
反射的に声のした方を見てしまう。
だって、手のひらが、知っている大好きなものだったから、
声が、ぼくの知っている大切な声だったから。
「レックナートの予言は、どれも全て成功になるものだったろう? お前を選んだ末の国、気に入ったか?」
「ど……して……」
わけがわからなかった。
どうして、別れた時と同じ姿で現王が目の前にいるのか、わからなかった。
「ルカも真の紋章を継いだんだよ、僕らと同じ生き神様ってこと」
「ティルさん、知って……!?」
「定期的にね、会って話してたんだよな」
「高い酒でな」
二人の言葉に、ぼくは腰を抜かしてそのままへたりこんでしまった。
これは、あれか、嵌められた、ってやつか?
いや、でも、数百年越しに嵌められるってそんなのあり得るのか?
「お前の掲げる一般論をクリアしてやったのだぞ、もっと喜べ」
「いや、だって、世継ぎとか、なにも、クリアしてないじゃん……」
「貴様の掲げる滑稽な一般論など、全て蹴散らして屠ってやるわ」
「それが絶対君主、ルカ・ブライト、ってやつだよね」
ティルさんとルカが古い友達のように軽く笑いあって……ぼくは自分の考えや苦悩の薄っぺらさに逆に恥ずかしくなって泣きそうになってしまう。
「ほら、立て」
「うー……無理」
「無理とはなんだ、無理とは。王自ら手をさしのべているのだぞ、立て」
「くっそ、お前気が長すぎるんだよ……っ」
悪態をついて手をとると、にやっと笑われる。
「すべてお前のためだぞ? どうだ、本望だろう?」
「あくどい顔。こんなやつが国を栄えさせたなんて嘘にしか感じられないね」
「減らず口を」
持ち上げてくる力に体を添わせると、
そのままルカの腕にすっぽりと収まってしまう。
ゆっくりと抱きしめられて、背中をあやすように叩かれて、
ああもう、最初っから最後まで、負けっ放しだと悔しくなる。
悔しくて、嬉しい。
「それじゃ、これからは二人仲良くケンカして暮らしていきなよ」
ティルさんはぼくらにゆっくりと手をふってくる。
「え? どうして……いっしょに、旅……」
「リオウにはルカのとなりで悪態ついてる方が似合ってるよ」
「そんな……」
「悲しまないで、リオウ。君は、僕の拠り所になってくれるだけでいいんだ」
ティルさんは軽く駆け寄ってきて、
ぼくとルカごと、ぎゅっと抱きしめてくれる。
「たまに、僕はここに帰ってくる。そのときには三人で、安い酒でも飲みながら、ゆっくりと話をしよう」
僕もうなづいて、抱きしめかえす。
「ぼく、ずっと、ティルさんが帰ってくるの、待ってます。お酒用意して、おはなし聞くの、楽しみにしてます」
「うん。僕の帰る家は君たちのところだ」
観客たちが訳もわからず、
とりあえず祝えといったような感じでまた騒ぎはじめる。
アパートメントのまどからシャンパンが降り注ぎ、
ひとときの虹を描いた。
きれいな虹は、何百年経っても変わらない。
ぼくたちも、いつまでも、終わりなく過ごしてゆけたら。
滑稽なこの世界は、この願いを叶えてくれるだろうか?