滑稽な平行世界論理

滑稽な一般論-01-


 はじめ|もくじつづき





群青の天幕がグラデーションを描く夜空に、小さなスパンコールのような星の輝き。
その下で光の当たらぬまっ黒な草をかき分け、まっ黒な体で歩み続ける。
はやく離れたい、その気持ちが体を動かし続けていた。


着の身着のまま、路銀もなく、食事も取らず一昼夜。普通なら途方に暮れる場面でも、ぼくは力強く足を動かしていた。



それもそう、ポケットの中に入っている破れかけた紋章札に望みをかけているからに他ならない。



墨汁の世界から抜け出ると、銀に輝く小川に出てくる。
これ幸いと服を脱ぎ、水の中に飛び込んだ。



男の残滓を、思い出を、未練を洗い流しながら、すっきりする気持ちを肯定しようとした。
これで皇家は安泰だ、世継ぎの子はどんな顔になるかな、歴史はどうなっていくのだろう。
それをゆっくり見ていられるのだ、こっちが裏切られたような気持ちになるのはお門違い。




ぼくの選択は間違ってない。ほら、晴れ晴れとして、引かれる後ろ髪なんて持ち合わせてなど居ないんだから。




水中に潜って頭を揺らす。
浮き上がって髪をがしがし掻きまぜた。



「お前……リオウか?」



ふいに名前を呼ばれ体がこわばる。
久々に聞く声だ。ぎしぎしと振り返ってみせる。



「ラウド隊長!」
「よせよ、もう隊長じゃねえから」



あわてて服を着がえ、隊長の下へと駆け寄った。
よく見ればたくさんの空袋を持っており、買い出しに来ていると予測できた。




「隊長は買い出しですか?」
「ああ、ちょっと妹に頼まれてな」




聞けばルルノイエで燻した香草がほしいのだそうだ。
何に使うのかと聞けば、タンスに入れて衣服に良いにおいをつけるものらしい。
ほかにも点字小説やお菓子、布、女の子が好きそうなものをラウド隊長が唱えていくのは、なんだか面白かった。



「目が見えない分、他のことに敏感でな、どうしてもルルノイエのもんがいいらしい」
「わがままが言えるなら、元気になってきた証拠じゃないですか」
「ああ、そうだな……帰りにキャロに寄ってお前に礼を言うつもりだったんだがな、こんなとこで会うとは思わなかったぞ」
「いや、まあ、あはは」



言葉を濁して笑ってみせると、手のひらが差し出される。



「ルカ様に紹介状を書かせてくれてありがとな」
「……っ」



手のひらを握りながら、つらい心地になる。
あのときが一番幸せだった。何も気付かず、馬鹿やって、笑って、心の深いところなんて必要なくて。



「あと、金のことは気にするなよ……ありがたく使わせてもらってるけどな」
「命を助けてくれたお礼ですから」
「それは、お前、俺の方だろ」



お互い苦く笑っていると、いきなり草原から魔物が飛び出してくる。
ラウド隊長よりも早くそれに気がついたぼくは彼を突き飛ばし、黒虎の牙を腕に受け止める。



「リオウ、待ってろ、今助ける!」
「だ、大丈夫……!!」



筋肉で牙を止められないかと力を入れるも、それは叶わずブラックタイガーとの間合いが広がる。
お互いににらみをきかせながら、じりじりと牽制し合う。
片腕が痛みと出血でおかしい。人さし指だけがけいれんしている。



やっぱり、ちゃんといろいろ用意してから飛び出してきた方がよかったな。



見たことのない魔物相手に、対抗できる手段と言えば……ポケットの中の札しかない。



「うおお!!」



ラウド隊長が剣で応戦し、こちらへの注意をそらしてくれる、そのすきにぼくは紋章札を掲げ、発動を促す。
ごめんルック、こんなときに呼び出すことになっちゃって。
きっと怒られるだろうなあ。



札は一瞬にして大気と化すと、ぼくを中心に風が吹き荒れていく。
きらきらと輝く風は、腕の傷の治癒を促し、魔物をひるませ、退散させる。



「そんな紋章札ってあんのか……?」



ぽかんとするラウド隊長の前に、霞のように姿を現したのは、もちろんルックだ。
眉は寄り、寝ぼけた風体で、これはあれだ、完全に怒ってる。



「猿、なにもこんな時間に使わなくてもいいじゃない」
「ご、ごめん、ルック。どーしてもほかに打つ手がなくてさ」
「ま、無意味に木を倒されるよりは有効利用してるね……納得してあげるよ」
「あ……ありがとう」



案外、やさしい対応に感激していると、血の付いていない腕を取られ、ルックの体と密着するかたちになる。
そうか、また飛ぶんだ、レックナート様のところへ。



「お、おい、お前、リオウをどうする気だ!」



「どうするって……猿、これ何」
「お世話になった隊長。久しぶりに会ったんだ」
「ふうん、最期に会う人物がこれで良かったわけ」
「良いも悪いも、そんなつもりじゃなかったし」



ゆっくりと近づいてくる隊長にルックは不機嫌に鼻で笑う。



「この猿……リオウはもうあんたの手の届かないところに行くのさ」
「な、なに言ってるんだ、説明しろ、リオウ!」



「え、えっと……なんと言えばいいのか……」



不老不死になります、と言えばいいのか?
それもまたちがうような……悩んでいると、しびれを切らしたようにルックが吐き捨てる。




「リオウは生き神になるんだ。それじゃあね」
「あ、おい! 待て! どういうことだそれは!」



風に巻き込まれながら、うろたえるラウド隊長に別れを告げる、その途中で体が全部風にのったものだから、
ちゃんと伝えられたかはわからない。



「へたに騒いでほしくないんだけどな……大丈夫かなあ……」
「タイミングが悪かったからね、まあ、ほとぼりが冷めるまで静かにしてればいいよ」
「ルックの言い方に難があったと思うんだけどね……」
「嘘は言ってないけど」




たしかに嘘はついてない。はじまりの紋章を継承して、生き神として存在意義を持つ……
それがぼくの選んだ道だから。



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