滑稽な平行世界論理

滑稽な矛盾論-23-


まえもくじつづき






僕は意気揚々と城へ帰ってきた。
ルルノイエの城下町まではティルさんと一緒に。
お互い妙に気心が知れてしまったからか、楽しく会話しながら帰路を楽しむことが出来た。
もし本当に真の紋章を持つことが出来たら、彼と旅するのも悪くないかも知れない。


しかし、城の中は閑散として、薄暗く感じるのは一体どういうことなのか。
お土産に渡されたナナミの手作りクッキーを何らかの方法で察知して全員逃げたのか。


……そんなはずはないだろう。


とりあえず、ルカの部屋へと向かう。
機嫌を損ねないために、キャロのガラス工芸細工を買ってきた。
安物だけど、無いよりは良いだろう。
オンザロック・グラス。ウイスキーが美味しく感じられる琥珀色だ。
コップまで蒸留酒な感じが贅沢っぽいと思ったんだけど、それがそもそも貧乏くさい気がする。


鼻で笑われても仕方ないな、息をついて仕切り直して、いざ目的地へ。


ノックをして、返事が無くて、もう一度ノックして、ゆっくり扉が開いた。
と思ったら手首をつかまれて、引き込まれる。だきしめられる。


……三日間でも耐えられないのか?


震える腕に溜息をついて背中をさすってやると、だんだん落ちついてきたのかこもっていた力が抜かれていく。


「土産、買ってきたんだけど」
「そうか。なんだ」
「キャロのガラス工芸って知ってる? 切り込まれた細工がしてあるやつ」
「凡庸型の細工だな」
「わるかったな。それのオンザロック・グラス買ってきた。ウィスキーでもバーボンでも、美味しく飲めるぞ」


つつみを渡すと、ルカはソファに座り、ローテーブルにそれを広げた。
やっぱり、自分の見立ては間違ってなかったと思う。赤や緑のタンブラーより、琥珀のグラスが高級感を演出してる。


「なかなかいいじゃないか」
「だろ? いろいろ悩んだ甲斐があったってもんだよ」


ルカの正面にふんぞり返るように座ると、力がぬけたように微笑まれる。


「三日間、仕事ちゃんとやったか?」
「してない」
「ルカも休み取ったの?」
「そうだ。やる気が起こらなかったからな」
「引きこもってたの?」
「ああ」


それって逆に疲れないか? いや、まあ、人それぞれだからな、休日の過ごし方は。
でも……そうか。城の全員、ルカが暴れ出さないか怖くて引っ込んでたんだな……


なんだこの皇室は。


ぼくが頑張ってるのってなんか無駄じゃないか!?
それじゃみんな成長しないんじゃないか!?
そのうち王制はくずれて、ブライト皇家なんか無くなってしまうんじゃないか!?
レックナート様の星見は外れるんじゃないか!?


なんかすごいいらいらしてきた。


「お前はどうしてた」
「ぼく? 僕は城下町でありったけの土産物を買い込んで帰ったよ」
「楽しかったか」
「うん! ティルさんって覚えてる? ビクトールさんとフリックさんと一緒にいた……駐屯地の」
「……ああ、あのいけ好かん男か」
「ゲンカクじいちゃんを訪ねに来てくれてたんだけど、ほら、死んじゃってるじゃない」


ぼくの話を聞いているのか居ないのか、ルカはグラスを手にフチをなぞりながら静かにしている。
そんなことはお構いなしに、いかに充実した里帰りだったかを自慢するように話す。
お前も外に出て遊べよ、ってお節介を焼くみたいに。


「夜、二人で話すことがあったんだけど、ぼくより年下だったんだよ、驚いちゃった」
「……貴様、自分の身の上を話したのか……?」
「話したというか、暴かれたって感じかな。そういうの、ティルさんにあるのルカもわかるでしょ」
「ああ、そうだな」
「それで、真の紋章の話とか聞いて、ぼくの目指すところも、そこにあるんだなって思って、元気がもらえたんだ」
「そうか」


ルカは立ち上がって無言でぼくを抱き上げるとベッドへとほうり投げてくる。
面食らったぼくはルカに見下ろされるまで頭の中がまっ白になっていた。


「嬉しそうに話すな」
「なんだよ、それ。嬉しいし楽しかったんだから、いいだろ」
「俺は嫌なんだ」

手のひらが体をまさぐってくる、ルカの常套手段だ。
ぼくはその手をつかんで動きを止めて、睨み付けてやる。


「こんなの、ばかげてるし、もう、セックスはしない!」


ぼくの決意だ。それを言葉に、声にしたら気持ちよくてすっきりした。
ルカの体が硬直しても、ぼくはやめない。


「もう、骨盤とか広げたくない! 女の子みたいだとか言われたくない!」
「誰に言われた」
「誰だって、いいだろ! ぼくは自分の体をそんなふうに変化させたくないんだ! そうなったらルカと対等でいられなくなる!」
「対等、だと?」
「そうだよ、友達だ! 殴り合って笑うような関係だ! ぼくたちはそうでなくちゃいけないんだ!」


それがきっと正しいかたちで、ぼくの感情はその友情がゆがんで出来たものに違いないんだ。
今ならまだ間に合う。おぼれる前に、抜け出すことが出来るはず。


「お前は、俺を好きだと、愛していると言ったではないか!」
「な、なに馬鹿なこと言ってるんだよ!!」


思っていたけど口に出した記憶はない。記憶はない、思っていた記憶がない。
好きだと思っていた記憶が抜け落ちてる。愛してると思っていた記憶が抜け落ちてる。
その部分だけ声に出ていたなんて、そんな、信じられるか!


「お前の妄執だろ!!」
「言った! 何度も、何度も! 俺はそれに答えるようにお前に態度で示した、愛した、抱きしめた!」
「やめろ!!」


ぼくの既成概念がくずれる!!


「貴様の言葉は信じん!」


おもいっきり抱きしめられて、身をよじって逃げだそうにも、泣いて叫んで罵声を浴びせてもルカの動きは止まらなかった。
やめろ、ぼくが、おまえが、ぐしゃぐしゃに、なる!!






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