滑稽な平行世界論理

滑稽な矛盾論-22-


まえもくじつづき






夜も更け、ぼくの部屋をリオウさんに使うように進言し、自身は居間で眠ることにした。
久々のナナミの料理はやっぱり変わっていなくて、どうしたらにおいは良いのに味の悪い一品が仕上がるのか、何年経ってもわからない。
折り詰めを用意してもらっていて良かった。客人を食あたりにしなくて済んだのは本当に幸いだ。


「……腰、布で縛り付けてたら狭くなるかな……骨盤」


両手で腰のあたりを押し込みながら溜息をつく。ぼくはまだまだ長く生きるっていうのに、こんな変化は要らないと思った。
年相応に衰えてくれるだけで良いのに。


ぼくはこっそり家を出て、裏地にそびえる大きな木のところへ足を運んだ。
遠く、ルルノイエの明かりが見える。


ポケットから風の紋章札を取り出して見つめる。


さっさと継承してしまった方がぼくは幸せなのかも知れない。
それによってだれかが傷つくのなら、離れればいいのだ。血肉を否定することになるけれど、ぼくのやっていることはすでに両親を否定しているようなものだ。
真の紋章を手にして、それを理由にルカの元を離れて、ナナミたちともわかれて……ひとりひっそり世捨て人になるのも悪くない。


「それ、風の紋章札だね」


ふいに横から声がして札をおもいっきり握りしめてしまう。
へしゃげる音をひびかせて、破れの範囲がさらに広くなった。


「うわあああ……や、破れた……」
「ご、ごめん、そんなに驚くとは思わなかったからさ」


申し訳なさそうに笑うのは、ティルさんだ。
彼はお詫びに、と自分の持っている紋章札をさしだしてくれる。


「これ、モンスターからの強奪品で悪いけど。風の紋章札」
「い、いえ、おかまいなく、まだ使えると思うし」
「でも、それほっといたらどんどん破けそうだし……あれ?」


ティルさんが何かに気がついたように声を上げた。


「それ、なんか売ってるのと模様がちがうね」
「え、あ……これはルックからのもらい物だから」
「ルック?」
「え? あ、あの、知り合いのお弟子さんで」
「ルックって、あのちょっとナマイキで風の魔法がとくいな、きれいな顔をしたナマイキなやつ?」


生意気が二回入りましたけど……たしかに、生意気だったけれども……
ティルさんは、ルックを知っている……? なんで……って、あ。
レックナートつながりか……!!
これはぼく、ちょっとしくじったかもしれない。へたに突っ込まれる前にかき消さなくちゃ。


「そうか、リオウはレックナートと同じ感じがするんだ」


……この人、本当にあなどれない。隠そうとしてるものすべて勝手に暴いていってしまうみたいだ。


「君は星見の一族なの?」
「……半分だけですけど。だから、ある意味ティルさんと同じです」
「不老の体……君、いくつなの」
「二十七才です」
「僕より年上なの!?」
「ええっ!? ぼくより年下なんですか!?」


お互いがお互いに驚いて声を出したあと、びっくりの度が過ぎて笑うしかなかった。
気持ちが良いくらい笑ってしまうと、一緒に呼吸を落ち着けた。
夜空の星がちらちら光って、蒼い草原に流れる風が気持ちいい。


「まあ、びっくりするよねー……」
「ですよね。もういまさら敬語なんて外れませんよ」
「僕も。いまさら敬語になんて出来ないよ」
「それじゃあ、やっぱり現状維持って事で」
「それが一番良い」


一呼吸置いて、また心地よい沈黙、そのなかを流れる風音の旋律。
気持ちよさに目を細めて空を仰ぎ、それから地上を見まわした。
ルルノイエの明かりが少し落ちついて見えるのは、それだけ夜が更けたと言うことか。


「でもなんでルックのお手製らしき札を持ってるの」
「いやまあ、いろいろとありまして、真の紋章を継承するかしないか、悩んでるところなんです」
「ふうん、でも、その特殊な体にはぴったりだろうね、継承は」
「ティルさんも、レックナート様と同じ考えなんですか」
「そりゃ、そうだろ? 自分の大切な人たちが先に死んでいく呪いを君はすでに受けているんだ」


呪い……やはりこれを呪いだと彼も形容するのか。


「真の紋章を宿し、管理者となることは、世界の悪を減らすことになる」
「悪を減らす……?」
「真の紋章は、いつも災いの種になる。ならだれかが持ち歩いて場所を特定させないようにした方が、不幸な人間が増えないだろ?」
「ティルさんは、それで……?」
「……それが僕の親友の願いだからさ」


悲しそうに笑うティルさんに、ぼくは曖昧にうなずいて見せた。
彼の強さは、親友のためでもあるんじゃないのか。


そこにぼくとルカの理想像を見つけられた気がして、里帰りした成果があったような、そんな気がした。


「もし真の紋章を継承したら、一緒に旅しようよ」
「え?」
「これでも一人旅はさみしいんだ」


にっこりわらうティルさんの顔を月が照らす。
光る輪郭は流してもいない涙のラインのようだった。






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