滑稽な平行世界論理

滑稽な矛盾論-20-


まえもくじつづき






おみやげに、と厨房で折り詰めを作ってもらっていると、ジルさんに声をかけられる。
その表情は心配そのもの、青ざめているようにも見える。


「どうしたんですか」
「か、帰られると聞いて」
「ただの里帰りですよ」
「どうしても帰られるのですか……?」


祈るように手を組んで不安そうなお姫様に、どうしたの、と心配する前に戸惑いで眉が寄ってしまう。
なんでジルさんまでぼくが帰るの嫌がるんだよ……


「帰りますよ。どうかしましたか?」
「だ、だって、兄が、お兄様が、また以前の人柄に変わってしまうのではないかと思って」
「……考えすぎですよ。ぼくが居なくても家族仲は良好でしょう」


出来上がった折り詰めを受けとろうと手をのばすと、ジルさんが先に受けとって渡すまいとしてくる。


「ちがいます! リオウさんがいたからなんです!」
「どうしてですか。皇王とも、あなたとも、食卓を囲んで会話されてたじゃないですか」
「リオウさんが泊まったあの朝が初めてです!」
「なっ……にを」
「リオウさんがパーティーにいらっしゃって、その次の日から兄は変わりました! 私の声に眉を寄せて無視をすることもなくなりました!」


ジルさんは続ける。
ぼくがそばに居るようになって、父親とも会話をはじめるようになり、雰囲気も柔和になって、皇室全体の緊張が和らいでいったこと……
聞いていれば、おいおいそんな単純な人間なのかあの男は、と薄ら笑いを浮かべてしまいそうになるほどに信じられない内容のオンパレード。
そりゃあ、嬉しくないわけがない。自分の力で人一人の内面を変えられたなんて、誇らしいに決まってる。しかもその相手は皇子だ。


「だけど、ぼくに頼ってばかりじゃ、王制は成り立たない。それはジルさんもわかってるはずです」
「リオウさん……でも……」
「いずれ王となり子をなし、ブライト皇家を繁栄に導かなくてはならない……この里帰りは、リハビリなんですよ」
「リハビリ……ですか」


ジルさんからそっと折り詰めを受けとる。中身、よれてなければ良いんだけど。


「ゆっくり里帰りの期間を延ばして、ぼくはだんだんと離れていく。時間はかかるけど、それが一番良いと思うんです」
「それを、兄は知らないんでしょう?」
「あー、まあ……知らせたら、ぼくはどこにも出してもらえなくなるんじゃないかな」
「……リオウさんは、兄を慕ってくださっていますか」
「……え、と……友人とか、家族とかとしてなら……慕ってる……と思います」


ぼくは嘘をつく。
今までもずっとついてきた嘘の中のひとつだ、なにも心を痛むことでもない。
だけどこのときばかりは心臓が痛んだ。恋情として、愛情として慕っていると、誰が言えるものだろう。
ぼくの成長は呪われている。もしぼくが女でも、この呪いの前には嘘をつくしかないのだ。
そう自分に言い聞かせるようにジルさんに微笑んで見せた。


「お兄様はかわいそうね……」
「え?」
「私が妬いてしまうほど、あんなに、リオウさんを大切にしているのに」
「それは……ただの依存、ですよ。それじゃ、三日間、お暇頂きます」
「はい……どうぞ、お気をつけて。お早いお帰りを切に願っております」


ルカのあれは母親に対するすり寄りと同じようなものだ。
奴はぼくになんて、なんの恋慕も抱いていない。
態度はもらってもアレはただの行為でしかない。ぼくはただ、ぼくのもつ言葉と同じものが欲しい。
あげてもいないのに、ぼくは強欲だ。
重ねられた折り詰めがそれを象徴しているようで、ぼくは苦く笑った。





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