滑稽な平行世界論理

滑稽な概念理論-16-


まえもくじつづき






キャロに着くとルカは対して感動もなく石畳を歩いていく。
それもそうだ。ブライト皇家の避暑地なわけだし、たいして新鮮でもないだろう。


「お前の家はどこだ」
「街外れの道場だよ」
「道場か」
「ゲンカクって知ってる? その人、ぼくを育ててくれた人で、体術がすごかったんだよ」
「ゲンカク……か」


ルカは遠い目で空を仰いだ。知っているのか知らないのか、どっちなのかはっきりして欲しい。
言葉はそこで終わり、ただ街外れを目指して歩いていく。


それにしても、視線の痛いこと痛いこと。
僕たちの周りには近衛兵が数人ついているし、皇子の姿をだれかは一度くらい見ているから奴がだれかなんてすぐ広まるし。
ぼくのことはみんな知ってるし……悪いことでもしたように思われてるのかな、まいったなあ。
ナナミたちに悪い影響が出なければいいけど。


道場をこっそりとのぞくと、草むしりをしていたナナミがこちらに気がついて走りよってくる。
それを抱き留めると、妙な違和感。一日前の自分の体とはなにかがちがった。
あたたかさが、罪悪感に変わっていくような。
それを顔に出さないようにゆっくりと体を離すと、ナナミの笑顔が面前に広がる。


「おかえり! 皇子様の役にはたてた?」
「え? あ、うん……」


どういう連絡をしたのか内容がつかめないまま生返事をすると、ルカがひざを折ってナナミに頭を垂れた。
これにはぼくも、もちろんナナミも驚いて、あわてて自分たちもひざを曲げる。


「ハイランド皇国第四代アガレスの嫡子、ルカ・ブライトと申す者。本日はリオウの肉親であるナナミ殿にあいさつに参った次第です」
「あ、あの、そんなかしこまらなくっていいです、皇子様がそんなことしないでください、えーと、お茶、お茶入れますから! ね!」
「いえ、これは略式ではありますが正式なあいさつ。どうぞ、配慮は必要ありません」
「な、なにこれなにこれー! ちょっとリオウ、説明しなさいよ!」
「ぼ、ぼくだってわかんないよ! ルカ、ちょっと、顔上げて、立ち上がって! ぼくたちすごい戸惑ってんだから」


肩身の狭い心地に焦る僕たちを前にルカは口上を述べていく。


「リオウをわが皇家に迎え入れることを良しとして頂きたい」
「……へ? リオウが、皇子様になるってこと?」
「え!? っとお……近からず、遠からず、と言うか……」


期間限定な事柄にここまで力入れなくてもいいと思うんだけどなあ……


「わ、私はいいんだよ? リオウが決めたことなら、なんだって……でも、どうして、リオウなんですか?」


ルカはゆっくりと立ち上がるとぼくの横に立ち、口を開いた。


「そばに置いておくと、驚くほどに気が楽になる……からだ」


思いもよらない言葉に目を見開いて見上げると視線を外された。
心なしか、顔が赤い……って、それはぼくだ、やばい、なんかすぐ顔に出るの何とかしないと。
これはあれだ、ワインのせいだ、ワインの。


「そう、ですか。リオウでも役に立つことあったんですね」
「リオウでも、ってなんだよ、ナナミ」
「だってぼーっとしてるのに行動派で、何考えてるかわかんないんだもん、リオウって」


多分、それは、年齢のせいだ。
自分で妙な線引きをして、知らないうちにナナミを戸惑わせていたと言うことだろうか。
いまさら謝るのもおかしなことで、ただ地面をむいて眉を寄せることしかできない。


「あ、あの、皇子様、たまにはリオウ、キャロに帰ってきてもいいんですよね」
「ああ、里帰りくらい、認めてやろうと思っている」
「なら、私はジョウイもいるし大丈夫だよ、リオウ」
「う、うん……」


ナナミの言葉が胸に刺さる。
ナナミはこのまま、ジョウイと所帯を持つことになるのか?
そう考えると、複雑な気持ちで。


「さ、お茶にしましょう! 狭いところですが、どうぞ! 兵隊さんにも用意しますね!」


ぼくとルカは家の中へ、近衛兵たちは庭で待機だ。ナナミがお茶を持って外へ行く。


「ここがお前の家か」
「あんたから見たらどう感じるのかわかるから、狭いって言わないでよ」
「わかっている」


ルカは全体をきょろきょろと見わたし、用意されたお茶に口をつけた。
なんだか妙に落ちついていて、静かで、この雰囲気、きらいじゃない。


「リオウ!!」


静謐さを打ち消すようにとびらがいきおいよく開いた。
髪を乱し、汗をかき、うろたえているのは幼なじみの親友だ。


「ジョウイ! どうしたの、そんなにあわてて」
「君が、ルカ・ブライト皇子に市中引き回しにあってるって聞いて」
「わー、やっぱりねー」


ぼくが空笑いで対応すると、ルカが立ち上がり歩いて外へ出ようとする。
ジョウイはその姿に一瞬かたまったが、すぐにこちらへとやってくる。


「ルカ! どこいくんだ!」


ジョウイの体を押し込んで太い腕をつかんだ。動きが止まる。


「不名誉な嘘は正してやらねばなるまい」
「い、いいって! 人の噂も七十五日! みんなが元気でいれば問題ないから!」


ルカが眉を寄せて不機嫌そうな顔でこちらを振り返り、ゆっくりと座席に戻っていった。


「これが、あの、皇子、なのか?」
「口の利き方には気をつけろ小僧」


う、とジョウイが顔を引きつらせるのをなだめ、ナナミも揃えてことの顛末をオブラートにくるみながら説明する。
ぼくの考えた筋書きはこうだ。
ルカ・ブライトと対等に話せる人間として重宝され、その技術を教えるためにハイランドでしばらく生活する。
完璧じゃないか。
だけどルカはそうは思ってくれないらしい。


「こいつが居るだけで国は安泰だ。だから必要だ。俺と対等に出来るからとかそんなんじゃない。それでは猛獣使いだろう」
「いや、あんた猛獣とそうかわんないって」


つっこみをいれるたびにジョウイがびっくりするので、それはすごくおもしろい。
天山の峠の事件は、ジョウイの中にいまだ色濃いらしかった。


「リオウ、君ってすごいんだね……皇家が重宝するのもわかる気がするよ」


……なにか言葉がゆがんでるみたいだけど、納得してもらえたみたいなので、良しとしよう。








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