滑稽な平行世界論理

滑稽な概念理論-15-


まえもくじつづき




ルカの部屋で、破れたローブを手に取った。
つややかな生地に、もう魔力を感じることはない。
なんて説明すればいいのかな、とローブのポケットに入っている風の紋章札を取り出した。
はしっこが少し破れているが、文様に傷が入っているわけでもないから大丈夫だろう。


「……何をしている」
「ああ、ポケットに入れてた紋章札を取り出してたんだ」


後ろからのぞき込む姿に振り向かず答えると、肩に腕がまわり、向きが反転する。
目の前のローテーブルに、ワインとグラスがふたつ、それとくだものが置いてあった。


「前は飲めなかった二十年ものだぞ」


オープナーがコルクの外れる小気味よい音をひびかせ、はじめの一杯を注ぐときにだけ奏でられる美味しそうな音。
グラスの中でワインはせわしなくゆれている。昼間の色のその濃厚なこと!


「い、いいの?」
「お前が言ったんだろ、ふたりきりじゃないと飲めないと」


差し出されるグラスにおそるおそる手をのばしゆっくりと口に運ぶ。
ああ、これが二十年ものか。芳醇でフルーティで、渋みすら甘さを含んでいる。
けど……あの月夜に飲んだ五年ものの方が、美味しかったような気がするのはどうしてだろう。


「どうした、まずいか」
「う、ううん、おいしいよ、おいしすぎてなんかよくわかんないっていうか」


子供め、とルカは眉を寄せて笑うと、一気に酒をあおった。
こうして向かい合って、同じ位置で酒を飲む。それに違和感があるのか?


「あいさつはいつにする」
「え? あいさつって……ああ、キャロには早く帰りたいなとは思ってるんだけど」
「そうか。ならすぐにでも馬車を手配しよう。荷物用の馬車もいるか」
「荷物ってなにさ。なんかくれるの?」
「……お前は馬鹿か」


ルカはグラスを置いて大げさに溜息をつく。
馬鹿って言った方が馬鹿なんだよ、と言ったところでオウム返しのような言い合いになるだろうから黙っておく。


「ここに持ってくる荷物だ」
「……なんて?」
「お前に必要な私物を持ってくるんだ」
「どこに」
「お前の今いる場所に決まってるだろうが」
「なんで」
「昨日の今日で俺の顔に泥を塗るつもりか貴様」


頭を傾け、頭の中を見るように目線を上へ。
そうか、ルカはぼくを選んでしまったから、昨日の今日で発言撤回はばつが悪いってことか。
まあ、たしかに少しの間一緒にいて、お互いが合わないからとか何か言って解消してしまえばいいわけだし。


「あー……そうだね、ごめん」
「わかればいい」
「ぼく、とくに持ってくるような荷物はないから、馬車は人間用だけで良いよ」
「そうか? お前の家は貧乏なのか」
「あんたから見りゃ全員貧乏だよ」


ワインをいきおいよく飲みほして悪態をついてやるとルカがおかしそうに笑う。
こいつ、もしかしたら朝から飲んでたのかな。あまりにも感情が豊かすぎる。


「まあ、必要なものはすぐ揃えられるからな」
「よろしくお願いします」


よろしくついでにワインを注いでやろうとしたら先にボトルを取られる。
お前がすることじゃない、とワインをグラスに満たしていく。
ビンを一本空けてしまうまで、ぼくたちは他愛のない言葉で空間を満たしていく。


ほどよく酔いが回ってきたところに馬車の手配が出来たという知らせが入った。
それじゃあ、とぼくが立ち上がるとルカも一緒に立ち上がる。


「見送り?」
「あいさつに行くのだ、俺も同行するに決まってるだろう」
「え、ええ〜……なんかちょっと、やだなあ……」


ナナミとはともかく、ジョウイと会うことになるって、大丈夫なんだろうか。
それに、少しの間だけなのにあいさつするとか、こんな律儀な奴だったっけ。
正直に不満を述べたら頭を軽くたたかれたけど、ルカの顔はやっぱりしまりがなかった。







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