滑稽な平行世界論理
滑稽な対人論-09-
噂をすれば影、と言うのだからオウジサマでもやってきたかな、と横目をながすと、黒いロングヘアが飛び込んでくる。
クラウスはその人物に気がつき微笑んで、失礼します、と一言残し暗い廊下へ歩いていく。
それに付いていきたかった、けど、ひややかな声がそれを許してはくれなかった。
「……ジルさん、ごめんなさい」
観念して美しい黒髪に向き直り、おもいっきり頭を下げた。
鈴のような溜息が頭の上から聞こえてくる。
「リオウさん、顔をお上げになって」
「はい……」
持ち上げた瞳に映るのは、腰に手を当てて目を瞑り眉をよせるお姫様の姿だ。
「とんでもないことになってしまいましたね」
「ええ、そうですね……ご期待に添えなくて、本当にごめんなさい」
まっすぐに顔が見られなくて下から伺うようにもう一度わびると、ジルさんは眉を寄せていた眉間を広げた。
「……やっぱり、怒り続けるのはつかれますね」
「は?」
ぽかんと口を開けてジルさんを見つめると、おもいっきり噴き出される。
「まさか兄がどんなかたちであれリオウさんを選ぶとは思いませんでした」
「いや、それはこっちのセリフですよ」
全然怒ってないようなので、ほっと自分の態度も和らげて対応してみる。
ジルさんは目のはしに涙を浮かべるほど笑ってから言葉を続けた。
「私は、兄の判断を素晴らしいと思っています」
「はあ!? いや、え!? だって、お姫様選ばなくちゃ、ジルさんだって」
「いずれ、私も結婚する身ですから。その覚悟は出来てるんですよ」
「え?」
あれ、なんか、おかしい。ジルさんは自分が王位を継ぎたくないからぼくをけしかけてルカを結婚させようと思ったんじゃないのか。
なのに、結婚の覚悟は出来てるとか、ぼくは何か判断基準を間違えたのか?
「リオウさんが帰ってから、兄はまたもとの冷血漢に戻っていくようでした」
……いや、あの性格は直りませんよ、と横やりを入れるとゆっくりと首を横に振られた。
「リオウさんがいる空間でこそ、兄は兄らしく居られるんじゃないか、そう思って、あなたをここに呼んだんです」
「ジルさんがぼくに手紙を書いたこと、ルカは知ってるみたいだったけど?」
「ええ、だって、兄のご友人のわけですから、断りを入れておくのは礼儀でしょう」
「……ルカ、嫌がらなかったの」
「好きにしろ、とおっしゃいました」
ちょっと、整理しよう。
ジルさんがぼくにルカの見合いの後押しをしてくれ、と手紙を書いた。
それをルカは知っていた。
ぼくにしてほしいことがあったから黙認した。
ぼくはちゃんと結婚できるように説得しようとして、失敗した。
ルカはぼくがいれば他は要らないと言った。
クラウスはルカのそばに居てくれたらうれしいと言った。
ジルさんはルカの判断を喜んでいる。
ルカがぼくにしてほしいこと、それがクラウスとジルさんの肯定から導き出されるものとして考えてみよう。
……ん? いや、ちょっとまって。
「どうしました、リオウさん」
「え? あ、いや、考えごとしてて、ごめんなさい」
「顔、まっ赤ですよ」
「そ、そんなわけありえませんよ!」
自分がすごくきもちわるかった。
ルカがぼくを必要としている、そう答えを導き出してしまったら、
すごく嬉しくて、それがきもちわるかった。