泣く場所を得るために

であいと別れ


まえもくじつづき




崖にさしかかり、道はもう無い絶体絶命の光景だった。
夜の闇にほの白く光る岩肌は、青く無慈悲さを醸しだし、流れる滝の轟音は、地獄の門が待ち構えているかのように感じられた。
いちかばちか滝に飛び込むしかない、という決意をとどめたのは、少年達の前にユニコーン隊の隊長と、リオウが森で見た白い甲冑に身を包んだ大きな体躯の男が笑いながらやってくる、奇怪な光景だった。
話を聞けば休戦協定が破られたというのは皇子の考えた嘘で、それに乗じて戦争を引き起こす考えであったと言うことがわかる。
リオウの隣のジョウイは歯がみし悔しそうに顔をゆがめたが、リオウ自身、なぜだかわからないがやはり、というあきらめが体を包んでいた。
 
「あなたは、裏切られたことがありますか」
 
リオウは白い甲冑の皇子に向かって声を出していた。
ラウド隊長もジョウイも、驚いてリオウを見つめる。
一番驚いたのは皇子であるルカ・ブライトだったのだろうか、目を見開き、問いかけてきた少年を見つめる。
 
「あなたは、どうして戦っているんですか」
 
ジョウイは静かに声を出すリオウの肩を汚れも気にせずにつかんだ。
リオウの体は少し揺れ、額のサークレットが月の光にとろけるように光を放つ。
ルカ・ブライトはなおも少年を凝視しながら、手にした剣の輝きを納めることはしなかった。
 
「泣く場所がないから? そうして泣く場所を壊していくの?」
「リオウ、何を言ってるんだ、殺されるぞ!」
 
ジョウイの言葉もリオウには届かない。
彼の心にわき上がってきているのは、いつか手のひらに触れた悲しいと泣く誰かの叫び声。
優しく触れれば、ひとときでも安心する様子を見せた、記憶の奥底の何か。
リオウは、目の前の皇子から不確定なその感覚を呼び戻すことが出来るかもしれない、と手をのばした。
 
「ぼくのことは何度裏切ってもいいよ、ぼくは絶対に裏切らないから」
 
まっすぐに伸ばされたその手のひらに、皇子はますます目を見開き、硬直した。
剣だけはぎらぎらと月の光を反射する。
どれだけの時間が経ったのだろうか、ルカ・ブライトの腕が反応を見せた。
それは少年の手を取るように思われたが、空中をかすめ、身を翻すために使われた。
 
「始末をしておけ」
 
皇子は小さくそれだけラウドに命令すると、峠を下っていく。
白い甲冑の残像だけ、残された人間の瞳に残った。
 
「貴様、リオウ! 自国の皇子を侮辱するとは何事だ!」
「ちがう! 侮辱なんてしていない!」
「今すぐ殺してやる。小隊一つで串刺しだ!」
 
ラウドはそれだけ吠えると、ルカの戻っていった道をたどり、下りていった。
ひとときの静寂が戻り、虫の声が聞こえてくるとジョウイは肩を下げて息を吐いた。
 
「まったく、君はいきなり何を言い出すんだい? 殺されるかもしれないって言うのに」
「ごめん、ジョウイ」
 
リオウはジョウイの手を握りしめた。
小さく震えはしていたものの、リオウに悲しみを訴えてくるような何かは感じられなかった。
 
 
 
滝の波にのまれながら、ジョウイの手のひらの感触もどこかへ行ってしまった。
水を掻きもがく手のひらは、何も得ることなく、リオウの意識を遙か彼方へと押しやった。
あの悲しい感覚に出会って、自分はどうしたいのだろう。
消えゆく意識の中で考えがまとまるはずはなかった。


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