滑稽な平行世界論理

滑稽な未来予想図-04-


まえもくじつづき



そうだ。母は足を悪くし、まともに歩けなくなっても、どこか遠くへ逃げようとしていた。
命の灯火が消える直前まで、なにかから逃げようと、ぼくを守ろうとしていた。
そのなにか、それは今は消息を絶ったと言われている宮廷魔術師、ウェンディのことだったのか。


レックナートの昔語りに、いいえもしない悪寒が体を走っていく。


「今はよいのです。体の成長が不安定だから。けれども、あなたも父親と同じように、異質であるかもしれない。そうなれば、貴方は周りからどんな目で見られることになるでしょう」


「貴方だけではなく、一緒に暮らす友や家族にも迷惑がかかる。そうなれば、貴方は流浪の民となり、隠れ住むことを強いられる場面に遭遇するかもしれません」


「けれども、トトの村で祀る『始まりの紋章』を継承し、生き神としての存在意義を打ち出せば、慣れ親しんだ土地を離れなくとも、大切な人のそばを離れずともよいのです。それに、そこからのびてゆく命たちを見守っていくことも出来る」


心がぐらつく。レックナートの言葉には魔力が込められているようだった。
思わず額に手をやると、祖父からもらったサークレットが冷たく手のひらになじんでいく。


「今すぐ決めろ、とは言いません。まだ時間はあるのだから……ゆっくりと考えなさい」


その言葉は優しかった。そういえば、この人はぼくにとって遠縁に当たる、叔母のような存在になるのだろうか。この人も老いることなく生きているということは……父親の異質さを考えるのが恐ろしくなる。

ぐるぐると考え込むぼくを尻目に、レックナートはテーブルに置かれていた細身のベルを鳴らした。


「なんでしょうか、レックナート様」


光玉の一つから姿を現したルックの姿に思考が停止する。魔術師の世界というのは、あまりにも便利だが、あまりうらやましくならないのは何故だろう?


「お話は終わりました。これからルルノイエへ向かうのでしょう? リオウを相応の格好にして差し上げて。それと、星見の結果を持たせるのを忘れないように」
「はい、かしこまりました」


ぼくの意見も何も待たずに二人の間で何かが進んでいる。口を挟むまもなくルックがぼくの腕を掴み、立ち上がらせる。


「さようなら、リオウ。運命の大きな流れの中に私たちは居ます。そのなかで出会えたこと……とてもうれしく思うわ。ゆらぎのなかで、また、貴方に会えますように」


「運命じゃなくても、何度でもぼくたちは出会い、話せると思います。だから、別れの言葉じゃなくて……また、お会いしましょう」


レックナート様、の言葉を言い終える前にルックの空間移動で衣装部屋に飛ばされてしまう。
アンティークの立ち鏡に、ワードローブのつらなり、引き出しては出しっぱなしにしてある衣類や装飾品。

「まったく、出したら出しっぱなしなんだから、うちのお師匠様は」


げんなりとした物言いに、吹き出してしまう。神秘的な彼女にも、人間味あふれた部分があることが純粋にうれしかった。


「それもこれも、君に似合う服を探してのことだけどね」
「え?」
「レックナート様が選んだ、門の一族の礼服だよ」


ルックの物言いが終わると同時に、自分の服装が道着からローブに替わっていることに気がついた。
レックナートに似たそのローブはかすかに発光しており、魔力を帯びた衣類だと傍目から気づく。


「あと、これもって」


乱暴に投げ寄越されたのは羊皮紙の巻物だ。白い絹のリボンで封じられたそれは上品な雰囲気を放っている。


「それはレックナート様が読んだハイランドの未来だよ。友達に読んでやれってさ」
「こんなに至れり尽くせりされる理由が見つからないんだけど……」


そもそも、一族の話が出るのも今更な気がして仕方がない。


「うれしいんだって、世界に一人だけじゃなかったことが」


彼が言うには、ぼくの使った札は蒼き門の紋章球から作られたものではなく、一族の守り札であり、そもそも使用できないものだったということ。
なのにそれを用い、所在不明の表側の門の紋章の能力を具現化させたことでレックナートがぼくの存在に気づけたらしい。


おおまかにまとめると、ルカが馬鹿をやらなければ今の状況はなかった、ということになる。
大きなため息も出るってもんだ。


「まあ、答えが出たらこれを使って」
「風の紋章札?」
「木の一本でも破壊したらわかるからさ」


ルックを呼び出すには木を破壊しなければならないらしい。
そんな物騒なもん渡すなよ、とは思ったものの、気遣いはありがたくいただくことにする。


「あ、でも、こんなことしてもしなくてもさ、普通に遊びにおいでよ」
「猿の家に遊びに行く趣味はないね……」
「猿って……ぼくか」

苦笑いで表情一つ変えないルックに返すと、彼はまた詠唱を始める。


「ルルノイエへ」


「あ、ちょっとまって、これルルノイエのどこにっ……」
「さあね。黙らないと舌かむよ」


ふたたび全身の血が冷たくなっていくのを感じる。ええい、もう、なるようになってしまえ!



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