滑稽な平行世界論理

eX01:滑稽な贈答品


はじめ|もくじ|おわり




ナナミやジョウイがぼくを忘れたなんてことはやっぱりなくて。
数ヶ月の間に懐かしくなった扉が開いたとたん、思い切り抱きしめられた。
ナナミの体温と柔らかさはどこかで張り詰めていた感覚を解きほぐしていき、
その暖かいにおいは安心という言葉がまっすぐに当てはまる。


そんな感慨深さは一瞬だけで、後は弟を置いてけぼりに、ナナミはジョウイの元へと走っていく。
それはこれから二人の質問に逐一答える時間が待っていることを示していた。


「あの皇子が、そこまで軟化するなんて聞いてるだけじゃ信じられないよ」
「でもでもでも! こんなにお金もくれて、待遇も良かったんでしょ? 優しい人だったんだねえ、お姉ちゃん、本当に安心したよ」
「ぼく、このお金の使い道を考えたんだけど」


用意していた提案を二人は喜んでくれた。
ゲンカクじいちゃんの残してくれた道場を再建すること。
師範代はぼくたち三人だ。
何の宣伝もしていないから、門下生はゼロのままだけど、少しずつ道具をそろえて、きれいにしていくだけで、こちらの身も引き締まってくる。


こうして新しい日常が幕を開けた頃、それはやってきた。





「リオウさんに郵便です」


呼ばれて扉を開いたそこには、白い上等な箱を持った少年が立っていた。
いつも会う郵便配達の紺の制服ではなく、柔らかな緑と白の、一見魔法使いに見えてしまいそうな格好だ。
見た目も片田舎には似つかわしくない、洗練された気風を放っていた。


「はい? えっと、あの、どちらからでしょうか」
「ふうん」
「え、いや、差出人は……」
「どこに書いてあるかわからないから自分で確認してよ」


乱暴に渡してくる箱にはしっかりと送り状が貼り付けられているのに、なんというものぐさな配達人だろう。
少しおかしく感じながらも自分で確認すると、そこにはルカ・ブライトの文字。


「げ!」


ぼくのヒキガエルが潰されたような声にも動じずに、少年はサインをもらおうともせずに立ち去ろうとする。


「あ、まって、サインしなくちゃ、サイン!」
「いいよ、よくわからないし。君がレックナート様の言う人物かどうか確かめに来ただけだから」
「レックナート様? その人が一体何を……」
「さあね。ぼくにもよくわからないな」


こちらに背を向けたまま、少年の周りに風が吹き上がり、砂埃も舞わない不思議な気流に飲み込まれ姿を消していく。
彼は本当に配達人ではなく、魔法士だったんだ!
そんな人がどうして荷物を? レックナート様とはどういった人物なのだろうか。
ルカ・ブライトと関わり始めてから、妙な関係が自分の周りに生まれていっている気がする。


ともかく、やつが何を送ってきたか、だ。


箱のふたを持ち上げると、摩擦と重力に相まってゆっくりと中身が現れていく。
そこにあったのはカナカン産のボルドーワイン、滅多にない二十年ものの一品だ。
考えてみれば自分は二十七才で、こんな銘品を前にしたら一口飲みたいと思ってしまうもの。
周りをさっと見て、ナナミの姿がないことを確認する。
じいちゃんのオープナーはどこにしまったかな。うきうきと戸棚を探そうとしたところに伏兵が現れた。


「リオウ? 何を探しているんだい?」
「ジョ、ジョウイ! いや、なにも、いや、ちょっと……」
「なんだか変だな……」


ジョウイは慌てるこちらをいぶかしみながら、テーブルにおいていた品を見つける。


「ボルドーの二十年ものじゃないか! どうしてこんなものが……ルカ・ブライトから!?」


驚きに驚きを重ねるジョウイにどうすればよいのか慌ててそばに駆け寄る。


「ぼくたちはまだ未成年だよ? お酒なんか送ってこられても意味が無いじゃないか。皇子様は君を馬鹿にしているんじゃないのか?」


憤る彼にまごついたぼくは思わずでたらめなことを口走ってしまう。


「違うんだよ、ジョウイ。これは傭兵隊のところへ持って行ってもらうよう、前にお願いされていたんだ。ぼくにお詫びを入れに行けるよう配慮してくれたんだよ、皇子様は」
「……そうなの?」
「うん、そうだよ! で、今ぼくはそれを包めるような風呂敷を探してたところなんだ」


ぼくの嘘を都合良く飲み込んでくれたのか、ジョウイはうなずいた。
戸棚から風呂敷を引っ張り出すと、慌ててワインを包んだ。


「それじゃ、早速ビクトールさんとフリックさんのところに持って行ってくるね!」
「あ、いや、ぼくもいくよ! リオウだけお詫びになんて行かせられない」
「ナナミによろしく伝えておいてね!」


ジョウイの言葉を振り切って飛び出した。


どうしてジョウイがあそこにいたんだろう、ああ、そういえば今日は彼が食事当番だった。
道場を再建してから、ジョウイも一緒に暮らすようになったのだ。
最初は渋っていた彼だったが、居心地の悪い家を離れてから常の表情にゆとりが見て取れるようになった。
ぼくも安心だ。こうして飛び出しても、ナナミがひとりぼっちになることはないから。





傭兵隊の砦へ続く道を歩きながらため息をついた。
タイミングが悪い。本当ならこれはぼくが楽しんでも良かったはずなのに。
いや、まてよ、ルカはこれを見越して、ぼくの悔しがる顔を想像して楽しんでいるんじゃないのか?
なにげにそれってひどすぎる。悔しくて涙までにじんできた。
お酒一つで悔しがる自分もどうかとは思うのだが、こういうときにやっぱり見た目と中身のアンバランスさを憎んでしまうのだ。


短い間のつきあいではあったが、傭兵隊の砦の中でも友人は出来た。
そのひとり、ポールは外で鍛錬していたらしく、門塀をくぐったこちらに向かって、大きく手を振ってくる。


「リオウ! リオウじゃないか! 無事だったんだなあ、うれしいよ!」
「ポール! 君も怪我はしてない? 大丈夫だった?」
「ああ、僕らの部隊が出撃準備をしているときに終わったんだ。それにしても、ハイランドの皇族に殴りかかったんだって?」
「いやあ、まあ、はは……それは追々話すよ。今日はビクトールさんとフリックさんに会いに来たんだ」


それなら、と案内を買って出てくれたポールに従って、砦へと足を踏み入れた。
ルカ・ブライトに殴りかかったことは、今考えると正気の沙汰ではなかったな、と思う。
だからこそ話題にされると、気恥ずかしくて仕方がない。
ふたりの隊長にあったら、やっぱりまた話題にされてしまうのかな。


「お、リオウじゃねえか! 馬の上で伸びてたところで最後だったなあ!」


……しょっぱなから来た。ビクトールさんの言葉は予想が付く。


「それにしても、無事だったんだな、良かった。ハイランドはお前の安否など、文を送っても返事をくれなかったからな」


フリックさんは反対に良くできた人間だ。本当に文を送っていなくても、そういわれて悪い気はしない。
ふたりは会ったときと同じように、隊長室でのんびりしていた。


「その節はお世話になりました。御心配をおかけしたお詫びにと思いこちらに参った次第です」


周りを見渡して、もう一人お詫びをしたい人物を捜すが、見あたらない。


「ああ、アップルなら旅に出たぜ。あいつ、旅人なんていっていたが軍師の端くれでな。師匠の伝記を作りたいからって旅に出たやつなんだ」
「それじゃあ、もうお会いできないんですね」
「縁があればまた会えるさ」


頭に手のひらを乗せて笑いかけてくるフリックさんに笑い返すと、包みを差し出した。


「これ、お詫びの品ってか? 子供のくせに、そんな気なんて回さなくて良いんだよ」
「うおお、二十年ものか! こいつはすげえ!」


フリックさんの言葉を遮って、ビクトールさんが箱を奪い、取り出し、感嘆の声を上げる。
早速テイスティングだ! と傭兵にグラスを頼むと、机の引き出しからオープナーを取り出した。
様々な仕事を執り行う机の引き出しに入っているそれが、なんだか忌々しく思えてしまう。
大人ってうらやましい。


「カナカン産の良いワインだって? ぼくもご賞味させてもらおうかな」


オープナーが甲高い音を立ててコルクにねじ込まれていくさなか、扉が開きグラスを持って現れたのは、自分と背格好も変わらない少年だった。また少年か。
……というか少年が飲んでも良いの!?


ぼくの怪訝な表情に気がついたのか、フリックさんが口を挟む。


「ああ、こいつは前世話になったような世話したような、まあ、仲間だな。ティルってんだ」
「君が皇子をぶん殴ったリオウ? よろしくね」


ああ、どこまでもその枕詞に悩まされるのか。ティルの言葉に眉を寄せて軽く不快感を表せてみる。すると、それを良く思わなかったのか、彼はこちらを見据えてくる。


「あの、なにか……?」
「君、真の紋章の持ち主?」


思っても見なかった言葉に全力で否定すると、おかしいな、と返ってくる。


「君、なんだかアンバランスだからさ、そうなのかと思った。気を悪くしたなら謝るよ、ごめんね」


謝りながらも納得いかない様子で、こちらの目を見つめ続けてくる。
幾分居心地の悪さを感じながらもそれを許容し、ふと考えた。
少年が堂々とお酒を飲める状況、ぼくの秘密に触れたこと。この少年は……


「ティル、さん、君は真の紋章を持っているの?」
「どうしてそう思った?」


つがれる酒を受け止めながら、ティルはこちらに笑いかけてきた。
その表情は自信に満ちあふれ、こちらの問いかけに満足しているようにも見て取れた。
なみなみとつがれた深紅の液体はグラスを巡り、薄い赤を透明に貼り付けていく。


「だって、ぼくに聞いてきたし、それに……お酒」


ああ! と声に出して三人は笑った。その通りだよ、と続く。


「こいつは無く子も黙る真の紋章持ちでな、年は食うが歳をとらん!」
「意味がわからないぞビクトール。まあ、簡単に言えば不老だな」
「老いない、の……」
「うん、そうだよ。中身だけはどんどん成熟していけるんだけど、外見がこのままじゃいろいろ不便かな」


境遇は違えど、同じ不便さを感じているティルという少年に、いや、青年に、ぼくは親近感を抱いてしまった。もしかしたらぼくよりも年上だったりするのかな。さん付けしておいて良かった。


「さすが二十年もの、口に広がる豊かさが並の流通品とは桁が違うな」
「え? ぼくは五年ものって聞いたけど?」
「それはこれから来るんだよ! しかし先に二十年ものをあけたのはまずかったか?」


思案するぼくをよそにワインを飲み下していく三人。
ああ、やっぱりおいしいのか、嘘でも真の紋章持ちです、とでもいって酒盛りの輪に加われば良かった。
……ん? ちょっとまて? まだワインが来るってどういうことだ?


「あの、ワインがまだ来るんですか?」
「あれ? お前のところには知らせが来なかったのか? まあ、酒だしな……」
「お前が殴った皇子様が来るんだよ酒もってお前と同じように詫び入れるってな!」
「え、ええええええ!!?」


最悪だ、最悪だ最悪だ。
こんなところで鉢合わせして、お互いに何を話せばいいって言うんだ。
もう会うこともないだろうと思ってたのに!


「すみません、これで失礼します! お酒はぼくからって伏せておいてくださいね! お願いですよ!」
「もう外も暗いし、今日は泊まっていけ! レオナがちゃんと飯だって用意してくれるからさ!」
「ぼくたちは肴の方だけどね。アレ食べたい。からあげ!」
「なんだよ、まだ子供じゃないか。こういうときはチーズが良いんだよ、ハムとか!」
「まあいいから帰るな! 座れ!」


できあがってきたのか、声を大きく張り上げてこちらの退出を食い止めてくる。


「いやいや、泊まるって言ってこなかったんで!」
「女じゃないんだから家の人もわかってくれるって!」
「レモネード作ってきてもらおうか?」
「女……? オデッサー! ほかの男のところへ行くつもりなのか!? そうなのか!?」
「赤い服だからって見間違えるかあ〜? あっはっは、まあいいや、捕まえちまえ!」

いつのまにか完全に出来上がった様子のフリックさんが羽交い絞めにしようとこちらへやってくる。
この人お酒弱すぎじゃないのか!?
伸びてくる腕をかわし謝りながら扉へ向かう。
扉を開けようとノブに手を回せばその前に扉が開き、僕は悲鳴を上げた。





目の前に現れたのは、甲冑こそはずしていたものの、威圧感だけははずせそうにない男。
白と青を基調にしたマントをラフに羽織、その下からは黒いシャツと黒い下穿きがのぞく。


「なぜ貴様がここにいる」
「それはこっちのセリフだ」


お互いに眉を寄せた表情でいがみ合う。
久しぶり、も今晩は、もない間柄。
いまさらそれを嘆きもしないけれど、と息をつき、ルカの腕を引っ張って部屋を出た。
後ろに続く酔っ払いどもの言葉は無視だ、ベランダへと続く扉を開いてルカを連れ込む。


「なんでこんなところに来てるの、供もつけないで」
「侘びだ、いい酒が入ったからな」
「ぼくもいい酒が入ったからね、侘びに来た」
「どういうことだ」
「どういうことだ、は無いだろ。未成年の家に酒なんか贈ってくれちゃってさ、嫌味以外の何ものでもないよまったく」


おかげでここに送る品だってうそを付く羽目になった、と一息に言ってしまうと、ルカの眉が少し困ったように曲がり、顔をそらした。
これは、ちょっと待った。考えが浅すぎたぞぼく。


「あ、もしかして、本当に厚意で贈ってくれてたりする……?」
「……そんなわけあるまい。嫌がらせだ」


少しできた沈黙が肯定を物語っている。
こいつは普通に二十七歳のやつに送る品として酒を選んでくれたのだ。
それは、ぼくの言葉を信用してくれている証拠じゃないか。
悔しさの涙じゃなくて、うれしさの涙がにじんだ。


「ご、ごめん、ルカ。ぼくの考えが浅かった。あんたは普通にぼくをぼくとしてみてくれていたのに」
「……話の意味がわからん」
「一方的に怒ってごめん! お兄ちゃんがちゃんと汲んでやらないとだめだよな、うん!」


思い切りジャンプして指先でルカの頭をなでた。
ルカは変な顔でぼくを見ている。


「誰がお兄ちゃんだ」
「ぼく」
「なぜ貴様が兄なのだ!」


お兄ちゃんという単語が気に入らないらしく、大きな手のひらでぼくの頭を押さえ込んでくる。


「だってそうだろ、精神年齢考えろよ精神年齢を!」


ぼくも負けじとルカの足を踏みつける。


「俺には妹がいるから兄としての経験が長い!」
「そういう考え方だから子供だっていうんだよ、自分の非を感じてすぐに謝れる広い心を持ったぼくのような人間が兄でいいじゃないか!」
「考える前に口に出すやつが何を言うか! 酒の件はまったくの嫌がらせだから謝る必要は無い!」
「なにをううううう!」


足を踏みしめる回数とスピードは増し、押し付けてくる手のひらは指先で頭を握るアイアンクローも追加してきた。この戦い、どちらかが降参するまで続くに違いない。


「あれ、殴ったって言うから犬猿の仲かと思ったけど、仲良しなんだね」


ぼくたちの戦争を止めたのは、そんなあっけらかんとした言葉だった。


「仲良しじゃない!」


ぼくたちの言葉に笑って、ティルさんはグラスを二つと、まだあいていない五年物のワ
インを手すりに置いた。


「大人はもうつぶれちゃったから、こっそり未成年が飲んだってかまわないよ」


ぼくはもう二十年物の味を覚えちゃったから、いまさら五年物は飲めないし、と続く。


「未成年とはどちらのことだ」


争う気をそがれた片方、ルカがティルさんに尋ねる。


「さあね、どっちもかな? それとも、ここには未成年なんていないのかもね」


返ってきた答えに、ぼくとルカは体を震わせた。
それを見てもう一度笑うと、ティルさんはこちらに背を向ける。


「今度はゆっくり落ち着いて、安い酒でも飲みながら話したいね」


それはどちらに向けた言葉だろうか。
扉の閉まる音に合わせて、ぼくたちは顔を見合わせた。


「あの男、好きになれそうにも無い」
「なんだか見透かされてるみたいだ」


感じたものが一緒だったようで、二人で声を出して笑い、二十年には劣る五年もののワインをあけた。
夜の色が混じり、月を吸い込んだワインは、表面を銀に輝かせた。


「あー、おいしい。何年ぶりだろ、こうやって堂々と飲むの」
「……いつだ」
「そうだなあ、じいちゃんが死んで、ナナミが泣き疲れて眠ったとき、じいちゃんが大切にしていた酒を飲んだよ……ああ、それでも一年前か」
「何年も経ってないではないか」


酒が入っているからか、雰囲気のやわらかくなったルカがくすぐったそうに笑う。
それがなんだかうれしい。


「あんたとふたりで飲む酒が、こんなにおいしいとは思わなかった」
「二十年もののほうがもっとうまかっただろうがな」
「そうかな? 酒の種類なんか関係ないよ。要はさ、誰と飲むかってこと。あ、今すごくいいこと言ったよね、ぼく!」


お酒が回っているのか、ぼくの口も回る回る、顔の種類は笑顔だけ。月の魔力か夜の静けさか、何もかもが愉快だ。


「今度はもっといい酒を用意しよう」
「あんたと二人きりじゃなきゃ飲めないよ」


何かへんなことを言っただろうか、頭を小突かれてしまった。
それでさえも面白くて、ぼくはまた笑う。
するとルカも笑う。
きっとお月様も笑ってて、どこかで猫も笑ってる、みんながみんな笑ってる。


「こんな酒は初めてだ」
「ぼくも!」


ルカがじっとぼくを見つめる。初めてだな、こんなに柔らかい表情。
ずっとこんな顔をしていれば、きっといい皇様になって、いいお后様を迎えて、すばらしい繁栄をするに違いないのに。


お酒が回っている。ぼくの世界もぐるぐる回る。


「ごめん、ルカ、後は頼んだ……」


眠りに落ちるんだ。皇子様に後始末をさせるって、また変な枕詞がつきそうだなあと思いながらも、この気持ちよさを持っていきたいんだ。


「先に寝るとは……子供ではないか」


苦笑が遠くに聞こえる。
ぼくの体が暖かいものに支えられる。ああ、いい寝床だ。


さて、ワイングラスはどこに行った?


翌朝のぼくの悲鳴をなみなみ受けて、飲み下すのはお日様か。



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