滑稽な平行世界論理

滑稽な和解論-08-


まえもくじつぎ




冷たい感触に目をさますと、そこは薄暗い石畳の一室だった。
格子状の扉があるので、ここは牢屋確定だ。
顎ががくがくで、視線を変えるだけで顔中が痛かった。
倒れている姿勢を起こして壁にもたれかかって雰囲気に慣れようと努めてみる。
頭上には小さな窓。薄暗い部屋にあって差し込む光は黄色く柔らかい。今は昼間か。
最低一日は経っている。部屋の隅は水がどこからかしみ出て流れている。衛生管理がなっていないと悪態をつくように笑ってみる。口の端が痛い。
はてさて、自分の顔はどれだけひどいことになっているんだろう。


あのルカ・ブライトが、自分を殺さなかったことに恐怖を感じる。
彼ならばその場で殺す決断を下してもおかしくはない。


それよりも自分の意識を失った後のことが気がかりだ。
あの騒ぎをどうして静めたのか。
うまく立ち回ってくれたらいいけれど、とつぶやいたところで、この場所には似つかわしくない、りんとした声が降り注ぐ。


「目覚められたようですね」


格子の向こう側の人物は、牢屋には似つかわしくない、深紅のドレスに身を包み、こちらを伺っている。


「王国軍と傭兵隊がどうなったかご存じですか」
「え?……ああ、王国、同盟軍の共同演習のことですか?」


そうか、その手があったか。演習という立ち回りにすれば、苦しいながらも協定は守られるだろう。ほっと息をつくぼくに、女性が笑いかけてくる。


「……何かおかしいですか?」
「いえ、ごめんなさい。ご自身よりも、周りのことを心配されるんですね」
「それは……そうでしょう。ぼく自身はこれから死刑で決まったも同然なんだから、周りを心配するのは道理です」
「いやにあっさりされてるんですね。兄につかみかかったと聞いたので、きっと熱い人物なのかと思っていました」
「あに……あなたは、ルカ・ブライトの妹さんなんですか?」


ジル・ブライトと申します、と礼をする仕草に改めて彼女を見つめる。あの兄にして、この妹か。
気品よく、柔らかな雰囲気は全くの正反対だ。似なくて良かった。


「ジルさんがここに来たのは、お兄さんを殴った人が珍しかったからかな」
「確かに、どういった人物なのか興味を持ちました。でも、私と年も変わらないあなたが、兄に恐怖を覚えず立ち向かっていけるなんて、考えると尊敬すら覚えます」
「……ルカはやっぱり、周りから腫れ物みたいに扱われてきたの」


年々と憎悪を携え強くなり、なおかつ権力を孕み持つ少年に、誰が注意し、怒ることが出来るだろうか。曖昧にうなずく仕草に、どうにかしてやらないとという気持ちが湧いてくる。


「ぼくがどうして牢屋に入れられたのかはわかりますか?」
「すみません、そこまでは……ただ、放り込んでおけ、と命じられたことしか……」
「そうか、じゃあ、どうしたらここから出られるかはわかりますか?」


ぼくの言葉に一度目を見開いて、やっぱりわからないと答えるジルさんの様子では嘘はついていないように見える。


「となれば、恩赦か特赦か。署名運動をするにしても人脈なんてないしなあ」
「処刑されると思ってらしたんじゃないんですか?」
「いやあ、話を聞いてたら、もう一度ルカ・ブライトと話をしなくちゃなーと思って」
「そうですか……兄と話を……」
「また何か良い案があったら教えてくれますか?」


腫れてぼろぼろの顔で笑ってみせると、また曖昧にうなずかれ、希望は薄いかなあ、と思う。
一礼をして去った彼女を完全に見送ると、頭上の窓を確認する。
小さくていくら子供の体でもくぐり抜けるのは難しい。その前に壁は頑丈で足の引っかかるところもない。面会は今のところジルさんのみ。ジョウイやナナミが訪れることはないだろうし。

もう一度休戦条約についてどう考えているのか聞ける場面は、処刑の場しか無いということだろうか。
床に大の字に寝転ぶと、いったん考え事はおいて眠れるだけ眠ることにした。


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