泣く場所を得るために

はじまり


まえもくじつづき




少年兵の集うテントのひとつ。
その中にいる少年、リオウは祖父に買い与えられた金のサークレットを見つめながら同胞の寝息を聞いていた。
いつ自分が祖父の元にやってきたのかは覚えてはいないが、ルルノイエの夜市で買ってもらったこのサークレットから、人生が始まったのだろうとリオウは思いを馳せていた。
その養父も一年前に他界し、子供二人が生きていくには徴兵に名乗りを上げるしかなく。
それが少年のここにいる理由だった。
 
少年のみの徴兵制度も長い歴史の終わりを告げようとしている。
なぜなら都市同盟とハイランドの間に、ようやっと休戦協定が結ばれたからだ。
二百年続いていた、と大人は言うが、その大半は冷戦状態のことを指すのだろう。
親友のジョウイと、大人は大げさで困る、と笑ったことを思い出す。
 
少年は隊服をおもむろに脱ぎ始めた。
そうして着慣れた黒のぴったりとした綿のパンツと、胴着のような赤い羽織をベルトで止め、
サークレットをはめると祖父の形見である黄色いバンダナを襟元で結んだ。
 
「気が早いな」
 
そう言って笑う声が、布擦れの音と一緒に響いた。
もう帰る準備かい、とテントの出入り口でからかう声をあげる親友の姿も隊服ではなく、リオウは笑い返した。
 
「着替えてからどうする? もうベッドにもぐりこもうか?」
 
手袋を投げて寄こしながら予定をうかがってくるジョウイの表情は明るい。
リオウは手袋を受け取りながら、眠るよ、と答える。
 
「早く明日になるように? 楽しみで寝付けなくて、なかなか朝にならないかもね」
 
ふたりで笑って硬いシーツに体を丸めると、他の隊員の寝息が耳に残り、
ジョウイの言うようになかなか眠りに就くことは出来そうもなかった。
仕方なくリオウはベッドから降りると、テントから体を出した。
 
冷たい空気は懐かしく少年の体を包み込む。
軽く伸びをした少年は、木々の中に輝く何かを見つけ、不審に思いそれに近づいた。
暗闇に輝くそれは、真白く大きな甲冑だった。
丁寧に磨かれてはいるが細かい傷は隠せておらず、赤茶色い色が傷にしみこんでいた。
こんなものを身につける人間が隊にいたかどうか、リオウは考えてみる。
 
「磨けたか」
 
思案する背中に声が響き、リオウはその方向へ体を向けた。
暗闇の中で黒い瞳がぎらぎらとこちらを伺っている。リオウはぞくりとした感情を背中で味わい、なおかつ、その心には何も浮かべることはなかった。
 
「……綺麗だけど、細かい傷があるから、完全には綺麗に出来ません」
 
磨いてはいないが、見たままの感想を闇に向かって答えてみた。
次は白い歯が闇ににやりと輝いた。
 
「ムシどもの苦恨の念が染み付いているんだろう……ご苦労だった、下がれ」
 
リオウはとりあえず頷いて、黒い影の脇を通り過ぎた。
 
「フン、貴様、まだ子供か」
 
大きな手が頭をつかみ、ぐしゃりと櫛を乱すと影は満足し、甲冑のほうへと向かっていった。
リオウは手ぐしでそれを直しながら、その影は狼か何かが化けているのかと考える。
ゲンカクはよく夜中に出歩くと狼に食べられると話して聞かせてくれた。
それは行動を諌めるためだけかと思ったが、もしかしたら本当のことだったのかもしれない。
少年は自分で肩を抱き、急ぎ足で駐屯地へと足を向けた。


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