滑稽な平行世界論理

滑稽な確率論-01-


はじめ|もくじつぎ



たとえ血がつながっていなくても、会ったことが一度も無くても。
それでもきっと大切な友人になれる、兄弟になれる。


私とあの子がそうだったように。


もしも悲しんでいるのなら、助けを求めていなくてもそっと助けておあげなさい。
大地に降る雨のように慈愛の心で。


うすら覚えている母の言葉を口の中で反芻し、祈りの言葉にして。
ぼくは上着の帯をきつく閉める。


長く続いたハイランドとジョウストン都市同盟の戦いに終止符が打たれようとしていた。
休戦協定の締結だ。
国は疲弊し、喜ぶ人間がほとんどだ……そう、ほとんど。
けれども確実に、ひとりだけは歯をきつくかみしめている人間をぼくは知っていた。


もし、休戦協定を破りたいとするなら、最高の権力を持つ人間は、どんな手でそれを切り崩すだろうか。翌日には山を下り、すぐそばの故郷へと帰ることの出来る少年歩兵隊。


どうして昼のうちに帰れたものをここで過ごす?


警戒のためとはいえ、このようなへんぴな土地に来るものは、盗賊か野犬くらいのものだ。
むしろ街に帰っていた方が、少年をまとめる責任の重さから逃れられるものを、あのものぐさなところがあるラウド隊長が引き留めている。
……なにかおかしい。
なにか確証があれば、もう少し思い切った行動に出られるものを。


テントの帆布の持ち上がる音がし、親友の姿が現れた。その顔は赤みが差し、うれしそうだとぼくに感じさせてくる。頭の良い彼ですら、今のこの状況を変に思わないのか。
十七歳という年齢を考えれば致し方ないことでもあるか。


「リオウも気が早いな」
「うん、なんだかじっとしていられなくてさ」
「なら、ちょっとそこら辺を歩いてくる?」
「……そうだね、周りの様子を見ておこうかな」
「リオウだけじゃ危ないから、ぼくもついて行くよ」
「もう、そこまで年下扱いしなくても良いじゃないか」


ぼくの方がよほど年上なのに、ということは口にせず、頬をふくらませてみせると、
ジョウイは困ったように笑ってぼくの腕を引っ張る。


「そんなの、心配してないよ。ただ、一緒にいたいだけだよ」
「本当かなあ、遠征してからナナミと扱いが一緒なんだけどなあ」


不満を述べるぼくを笑ってごまかしながら、外へと連れ出してくれるジョウイ。
彼に本当の年齢を言ったらどんな反応をするだろう。
それがいつになるのか、楽しみだ。


天山の峠のふもとで、妙な人影を見つける。
間抜けに声を出したのに、ジョウイは気がついていないようだ。
見間違うことはない。あれはハイランド王国兵。


国民を怒りに駆り立て、休戦条約を撤廃させる、哀れみを誘うのは、子供。
カレッカを参考にするのか、よく勉強してるみたいだな。
そうして優しいオウジサマは子供を殺した弔い合戦として暴れ回ってやろうという魂胆か。
妙な悪知恵ばっかり働くようになってるみたいだよ、ぼくの兄弟は。
ため息をついて、帰ろうと先に進むジョウイを物陰に引っ張り込んだ。


「な、なんだい、リオウ、こんなところに隠れるみたいに」
「ジョウイは、おかしいと思わない? 休戦条約が撤廃されて、他の歩兵隊は早々に解散してる。なのに、この部隊だけは渋るようにここにいる」
「ルルノイエの近くだからじゃない?」
「なら、守るべきはミューズ国境、もしくはロックアックスだ」
「……何か、あるんだと思うよ、ここにいるのは、ラウド隊長の考えで」


ぼくはジョウイの言葉を遮るように彼の両肩をつかんだ。少し腕を上げなくちゃいけないのが少し情けないが、そんなことは今は後回しだ。あと十年もすればきっとぼくの体は大きくなる。
今は一刻も早く、子供たちをキャロへ、大人たちに気づかれずに帰さなければいけない。


「そう、何かあるんだ、ジョウイ。ぼく、それに気がついたんだ」
「リオウ、今日はなんだか、いつもと違うね、どうしたって言うんだい」
「……野犬の群れが、こっちに近づいてきてる」
「ええ!?」
「静かに。ぼくは隊長に報告してくる。ジョウイ、駐屯地の火はたいたままで野犬を引き寄せよう。その間にたいまつは持たないで、音を立てずにひっそりと下山するのが良いと思う」
「で、でも、火をたいていれば近寄ってこれないんじゃなかったかい」
「お願い、ジョウイ。その通りにしてほしいんだ。この野犬は、火がついているところに襲いかかってくるから」


ぼくの必死の形相に、面食らったジョウイはからくり仕掛けのようにうなずいた。
いつの間にか冷えた様子のジョウイの手を握って感謝を伝えると、ぼくは静かにラウド隊長のテントへと向かう。



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