ビネ・デル・ゼクセでの生活は、案外うまくいっている、とぼくは思っている。
少し広めの部屋を二つ借りて、一つは住居、もう一つはお店になっている。
「リオウさん、バラへの肥料はこんな感じでいかがでしょうか」
ルルノイエからたまに様子を見に来る彼女は、自分と同じ名前のバラへ向き合いながら訪ねてくる。
「あ、多分、ちょっと、多いんじゃないかな」
横から肥料の粒を少しとってやると、ジルさんは破顔した。
「お花屋さんが、板についてきたみたいですね」
「そっちも、まさかルルノイエに残るとは思わなかったよ。それに、結婚するなんて」
「私は、自分の誇りのために、お兄様にはついて行かなかった……でも、それで良かったんです。私は私の、大切な人としっかり向き合えたのだから」
ジルさんと国王のお父さんは、ぼくたちの手を取らずに自国へととどまった。
まあ、お父さんに関しては、ルカがいやがった部分も多いのだけれども。
それよりも、ルカが鎧を脱ごうと決めてくれたことが今でも奇跡のように感じる。
それもこれも、お母さんのバラのおかげだ。
自分の説得のおかげではないところが、少し寂しいけれど。
「あの……兄は?」
「バラの品評会、だって」
答えればジルさんはまあ、とほほえんでみせる。あの戦火の中では想像もしなかった和やかなひとときだ。お互いに今の幸せをかみしめた。
店じまいの準備をしていると、帰ったか、と声がかかる。……ルカだ。
「会いたがっていたよ、お兄さんに」
「いつもタイミングが悪いな」
そういいながらも悪びれもせず花の鮮度を確認していく姿に、ぼくは思わず吹き出してしまう。
「なんだ」
「いや、まさかこんな風に幸せになれるなんてなあ、と思って」
「しあわせ、か。お前は今幸せなのか」
「うん。お母さんのバラ様々って感じかな」
「……言っておくが、母上のバラが惜しくて逃れたんじゃないからな」
ぼくはルカの言葉が聞き取れなくて、首をかしげる。
何でもない、といって睨み付けてくるその表情も、ずっと柔らかくなった。
全然怖くないよと笑って、あの歌をくちずさんでみせると髪をくしゃくしゃと乱された。