戦線前線アドゥ・リビトゥム

13.氷−さいご−解


まえもくじつぎ





ルカの体は凄惨たるものだった。
鎧の意味もないほどに体中を傷だらけにし、白い甲冑は血の色に染まっていた。
馬から崩れるように降り立ったルカは、遠くから駆け寄ってくるリオウを見つけ、口の端を小さくあげた。


「ルカ! なんなんだよ、その怪我は!」


リオウは服の汚れも気にせずルカの体に触れる。そして紋章をかざすと、ルカの表情がゆっくりとないでいく。


「前線で暴れすぎただけだ」
「待ってるこっちの身にも、なってよ……!」


たまらず泣き始めるリオウの頭をルカはゆっくりと叩いてみせる。
ルカ・ブライトの優しい行動に、周りの兵士たちがざわめく。
ルカもその反応にいたたまれなくなったのか、兵士たちに解散を命じるとリオウを担ぎ、自身の部屋へと足を速めた。


「馬鹿なことをするな」
「あんたを思って泣くことの、どこが馬鹿なことだって言うんだ」
「だから馬鹿だと言っている」


ルカ・ブライトの口からは罵倒が続くが、声音はどこまでも優しかった。


室内で乱暴に鎧を脱ぎ捨てると、ルカは血のまとわりついたままソファへと深く沈んだ。
リオウも涙を拭きながらその隣に収まった。


「どうした、お前らしくもない」
「怖いんだ」
「何がだ」
「ルカが死ぬこと」


リオウの不安が口に出たとたん、空気はしんと静まりかえった。
ルカ・ブライトがふっと息を吐いて、うすら笑う。


「どんなものでもいずれは死ぬ」
「わかってる。でも遠くで歌を歌うだけなんて、いやだ」
「俺に歌いたくないというのか」


声のトーンの落ちた男に、リオウは気を遣うことなく続ける。


「ルカは、この歌の内容、知ってる?」
「ん……ああ」
「ぼくは今日、初めて知ったよ。無事を祈る歌と言うよりは、恋の歌だと思った」
「そうか」
「そんな歌を、ぼくが歌っても良いの?」
「俺のためだけに歌うのならな」
「ルカ、変な人だね」


笑ってみせると、男の手のひらが頬をなでる。


「もう俺に歌いたくないのか」
「歌うって……リオウとして? それとも、お母さん、みたいに?」


一番の疑問を、勢いに任せて聞いてみると、男は愚問だと笑う。


「リオウとして、歌え」
「……そういわれてうれしい自分も、変なやつか」


ルカの手のひらに手のひらを重ねてリオウは声に出して笑った。
男は意味のわからないといった表情をしてリオウを見つめている。


「ぼくは、お前に忠誠を誓う。ルカ・ブライトが簡単に命を終えてしまわないように」


リオウの言葉にルカは目を見開き、そして後悔するなよ、と笑いながら髪を梳いてくる。


この先に迎えるものが破滅であったとしても、ルカ・ブライトのそばであるならば、全てを受け入れよう、とリオウは決意し、自分の大切なものに心から謝った。


その後、同盟軍はルルノイエに侵攻、制圧に成功したが、
ルカ・ブライトとリオウの姿はなく、皇家の象徴たる獣の紋章のみが玉座に残されていた。
皇家はかたちとして残され、国は同盟軍の庇護の元、緩やかに新しい栄華を迎えようとしている。




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