戦線前線アドゥ・リビトゥム

12.恋−いのち−歌


まえもくじつぎ





ルルノイエ屈指の騎士がジョウイとともに国を裏切ったという話が流れて、情勢は大きく変わった。
小さな国が同盟を組み続ければ、必然としてハイランドよりも力の強いものとなっていく。


ルカ・ブライト一人が紋章の力を借りて自身の不死身さを強調して見せても、それは国の力ではなく個人の力だ。じわりじわりとハイランドの首が絞まっていくようだった。


それでもルカ・ブライトはリオウに弱音を吐くことはせず、常に歌うことを望んできた。
どうしてそこまでこの歌に執着するのか、リオウには未だにわからない。
今はもう一日中歌えなどと無茶は言わなくなったが、それでもリオウは中庭で歌うことをやめなかった。……バラのために。


しかしその日は妙な客があった。侵入者、というものだ。
それは城の屋根から壁を伝い、リオウの元にやってきた。


「まだハイランドは優雅なんだね、吟遊詩人を雇っているなんて」


リオウをからかうように話してくるのは、同年代の少年だった。
身構えるリオウを無視して、少年は話し続ける。


「銀のひと 深くゆるり思いゆく 翼やすめ どこへゆく……か盛大な恋の歌だね」
「それ……って、この歌のこと?」


「あれ、知らないんだ、昔いろいろ旅してた友達がいてね、教えてくれたものの一つだよ」


銀のひと 深くゆるり思いゆく


翼やすめ どこへゆく


心は遠く見つめさまよう
銀の流れ追うように



ゆきしひと 誰も知らぬ道をゆく


翼ひろげ さがしゆく


心は遠く見つめさまよう
銀の流れ追うように



歌の内容を初めて知ったリオウは、感動よりも先に気恥ずかしさに頬を染めた。
これをずっとルカ・ブライトに向けて歌っていたなど、滑稽以上のものだ。
ルカは知っていたのだろうか。知っていて歌わせていたのなら、本当にあの男は狂っている。
どこにでもいる男に、この歌を自分のために歌えなどと。


「顔、赤いけど、大丈夫?」
「き、気にしなくいていいよ」
「そう?」


少年は心配するそぶりをやめると、一気に真剣な表情へと変わる。


「君、このままいくとルカ・ブライトとともに破滅するよ」


その言葉は、リオウが一番よくわかっている。この国はいずれ同盟軍に屈するのだと。
それは近いうちに必ず起こると国中が密やかに唱えている言葉だ。


「わかってる」
「君は、ルカ・ブライトと心中でもするつもりなのか。ジョウイや、ナナミを捨ててまで」
「ふたりを知っているのか!?」
「……知っているけど、僕は同盟軍の人間じゃないよ。今日、君の前に現れたのだって、単なるお節介さ」


二人を天秤にかけてしまえば、ルカと釣り合う心の中。いや、やはりそれでも、大切なものとして軍配があがるのは、もはやルカ・ブライトにしかなり得なかった。
苦々しく笑ってみせると、少年はわからないな、とため息をついた。


「ルカ・ブライトは紋章の力を使いすぎている。そもそも獣の紋章は体に埋め込んでしまえば寿命を使って身体能力を最大まで引き出す紋章だから、放っといても自滅する、ってルックが言ってたから、気をつけてあげると良いよ」


それだけ言うと、少年は来たときのように壁を伝い屋根へと飛び出した。


「いいか、命だけは無駄にするなよ」


少年は最期に笑い、リオウの前から姿を完全に消してしまった。
リオウは少年のたどった軌跡を目でなぞり、最期に青々と深い空を見上げて目を細めた。


「あいつは人の話を聞くような人間じゃないんだけどな……」


つぶやいた言葉は風にかき消える。


ほどなくして城内がざわめき、ルカブライトが戦場から戻ったことが告げられる。
リオウもそれに合わせて城門へと足を速める。
少年の言葉が胸に残り続けていた。




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