ソファに座らせられてから、ルカはあくことなくリオウの顔を見つめ続けている。
「お前、親族にサラという名前はなかったか」
「ぼくは……孤児だから、どこの生まれかどうかなんて、知らない」
「ならば、お前は群島諸国の人間かもしれないな。先の歌も、母がよく歌っていた」
思わぬところで、自分の出生の手がかりを与えられたリオウは、食い入るようにルカを見つめる。
「髪型を変えるだけでそこまで似るとはな」
ルカはリオウの長い髪の毛をつかみ、ゆっくりと重力に合わせて力を込めていく。しっかりと固定されていないヘア・ピースは簡単にリオウの頭から外れた。
「ふむ、こうすれば見たことのある顔だ。不思議なこともあるものだな」
必要性を無くした髪の毛を手でもてあそびながら、興味を無くしたかのように宙へ放り投げる。
落ちた毛束は絨毯の上に無差別に広がっていく。
「満足したのなら、ぼくがここにいる必要はないと思うけど」
この場の雰囲気が気持ち悪くて、リオウはとがった声を発する。
ルカはにやりと笑い、リオウの右手をとり、そこにある紋章を指でなぞる。
気持ちよさとこそばゆい感覚が手のひらを走り、リオウの体が反射的にこわばる。それを意に介さず、なぞり続けながら言葉にする。
「この紋章は、ジョウイと対になる紋章だったな」
「それが……どうした」
「お前には歌い続けてもらおうか」
「……は」
紋章の話がいきなり飛んだので、リオウは情けない声を出すほか無かった。
「何が起ころうとも、ずっとあの歌を歌い続けろ」
「あのうた、って……」
「ゆきしひと、だ」
「それが、歌の名前なの?」
「なんだ、そんなことも知らずに……そうか、お前は知らなくて当然か」
知らなくて当然なのはその通りだが、何故か言葉にされると腹が立つ。
リオウは不快感を正直に顔に表すと、ルカが笑う。
不思議だった。あの残虐なルカ・ブライトと、穏やかな時間を過ごしていることが。
「女が男の無事を祈る歌だ。母はこれをいつも口ずさんでいた」
あんな男のために、小さな声が絞り出される。
何となく、聞かない方が良かったかもしれないと考えたリオウは、そこに触れないようにした。
「ぼくは、ずっと歌えばいいの?」
「そうだ。何が起こっても歌っていろ」
何が起こっても、その単語がリオウの中に引っかかる。
そこへ、目元を少し赤くしたジョウイがノックの後、サロンに姿を現した。
とたん、ルカ・ブライトの顔から暖かみは消え、冷たい残虐なものへと変化する。
手のひらはリオウの腕をつかみ、乱暴に立ち上がらせると、その体をジョウイの前へと対峙させる。
「リオウは、貴様の親友、だったか?」
「……幼なじみです」
「お前の持つ紋章は、こいつと対のものだったな」
「はい、おっしゃるとおりです」
「こいつはこれから、毎日中庭で歌い続ける」
「……はい」
「お前はこいつを殺せ。紋章を一つにしろ」
「なにを言っておられるのですか! 私は!」
リオウはルカの表情を仰ぎ見た。厳しい表情でこちらに気を遣うことなく、ジョウイを視線で射貫いている。
「貴様は俺に忠誠を誓った。それぐらい出来るだろう?」
「……」
ジョウイはリオウに視線を移す。
苦しい表情で見つめてくるその顔をリオウも静かに見据えた。
お互いにルカ・ブライトの考えが読めないのか。それでもリオウには、なんとなくわかる気がしていた。この男はジョウイを信用していないのだ、と。