戦線前線アドゥ・リビトゥム

06.不−けっか−運


まえもくじつぎ





城の中を我が物顔で歩く男の後ろをついて行くリオウとナナミ。
緊張するリオウにつられてか、ナナミもだんだんと神妙な顔つきに変わっていく。


「ね、ねえねえ、簡単にお城に入ってこれちゃったけど、あの人、偉い人なのかな?」
「うん……追々わかるんじゃないかな……」


今ここでルカ・ブライトだと言うことを明かせば、姉がどんな行動に出るか予想がつかない。
リオウはあえて言葉を濁し、目の前の背中を睨み付けるように、そしてすぐにでも逃げ出せるように距離をあけてついて行く。


ここにいろ、といわれた場所は小さなサロンのようだった。
大きく作られた窓からは城下町の明かりが伺え、その先に広がる風景は、自分たちの故郷そのものだ。
室内の明かりが揺らめいた。


「ルカ様、何のご用でしょうか」


聞き慣れた、いや、少し堅い感じのする声が扉の開く音と同時に響く。
景色を眺めていたナナミの背中が緊張に震えるのがわかった。
リオウの目の前にはハイランド式の洋服に身を包んだジョウイがいる。
ナナミはこちらを向くタイミングを計っている。


「ジル様、そのような格好は一体……!?」


リオウに照準を合わせたジョウイが、その名とは別の名前を呼んだ。
リオウは眉を寄せ、親友を見つめる。ジルとは誰だ、どこかで聞いたことがある名前だ。
こちらの反応にルカはにやりと笑って見せ、腕を組んで鼻を鳴らした。


「驚いただろう、旅芸人の中に皇族と似ている人間がいるとはな」


「そうだよ、リオウ! 誰かに似ていると思ったら、ハイランドのお姫様だよ!」


引っかかっていた疑問の答えが出たのがうれしかったのか、ナナミはリオウに向き直り、その頬を両手で包み込んだ。
それに驚いたのはリオウだけではなく、ジョウイもしかり。


「な……どうしてここに……」
「グリンヒルでお前はこのふたりを助けたそうだな。その礼を言いに来た、そうだ」
「そんな……」


驚きを見せるジョウイに、ナナミはためらわずそばに駆け寄っていく。
倒れそうになる体を必死にこらえ、ジョウイはナナミの肩に手を置いた。


「お礼など、必要はありませんでした。ルカ様、この人たちはきっと金目当てなのでしょう、手短に色をつけて渡して、この国から追い払います」


ジョウイの震える声に、ルカブライトは響く声でならん、と否定する。
ジョウイの顔色が変わる。


「ルカ様、城にこのような位の低い者を置いては!」
「民の喜ぶ芸というものが、どんなものか知っておく必要もあろう」
「…………」


ジョウイの言葉に、ナナミの顔色が悪くなっていく。
ナナミ、わかってほしい、ジョウイはぼくたちを助けようとしていることを。
リオウはナナミをジョウイから引きはがし、背にかばう。


「姉は、純真にお礼を言いたいからここに来たまでのこと。帰れと言うのならばすぐにでもここから帰ります」
「なにか……芸はできるのかい……?」


優しい声音のジョウイに、リオウは胸が痛くなった。ナナミのためとはいえど、ここに来てはいけなかったのだ。ジョウイの表情を見れば自分の考えが間違っていなかったことがわかる。それだけで十分だった。逃げ帰って、ナナミが理解してくれるまで何度でも話そうとリオウは思った。


「まだ、一座から抜けたばかりで、歌の一つくらいしか満足にできませんが、それでも、こちらの誠意を理解していただけるのなら」


リオウはサジャの村で歌った歌を再び表現し始める。
男性の声とも女性の声とも判別つけがたい不思議な音は、ジョウイに純粋な感動を与え、またルカも瞳を見開いてその曲調に聞き入っていた。


見事に全てを歌いきり、大きく息をついたリオウの足は、表現することに対しての緊張が表れていた。それを隠すように笑顔を作ると、ナナミを促す。


「すみません、このような歌で満足いただけないのはわかります。それでも誠意が伝わったことと思い、この場から帰ろうと思います。二度とこちらにも来ません」
「……ルカ様、私はこのふたりを送って参ります。それぐらいの義務は、私にも課せられると考えますので」


安心してリオウの言葉に続けるジョウイに、ルカが行動した。
とっさにリオウはナナミをかばう。ルカはリオウの腕をきつくつかんだ。
顔をゆがませるリオウにかまわずに男は言葉を続ける。


「帰さんぞ」
「なっ……」


そのまま引きずるようにリオウを連れて行こうとする瞬間、ナナミは茫然自失から立ち直り、ルカの腕をはたいた。


「女、俺に向かって何をしたかわかっているのか」
「リオウに乱暴しないで!」
「フン、威勢がいい女は嫌いではないがな」


ルカはリオウに向けた視線を外し、ナナミの腕をつかんだ。
リオウの背に冷たいものが走り、慌てて男の腕をはがそうとするが、難なく阻まれてしまう。


「では、交渉してやろう、同盟軍のリーダー、リオウにな」


リオウはやはり賭に負けていたのだ。
そうだ、ルカ・ブライトは力ではなく、その知性ですら常人をしのいでいると聞く。
リオウたちの正体など、出会ったときから理解していたのだろう。
浅はかさに歯をかみしめる。


「お前がここにとどまるというのなら、この女はジョウイ直々に国から追い出させてやろう」
「だめ! リオウは、一緒に帰るんだからあ!」
「ルカ様、それは!」
「俺に忠誠を誓った身ならば、黙ってみているがいい」


ジョウイは顔を青くしたまま押し黙るしかなかった。
リオウは顔を苦くしたままルカをにらみ続ける。男の真意がわからないからだ。


「どうした、決断がつかないのならばここでこの女を犯してやろうか? 趣味ではないが、おもしろいことにはなるだろうな」
「やめろ!」


リオウとジョウイが同時に声を荒げる。ナナミの顔は蒼白で、叫ぶこともままならない。
ここにとどまることだけでも、同盟軍へのダメージは計り知れないだろう。何より、ナナミは自分を責め続けるだろう。
けれども、この男に捕まったナナミがひどいことをされる方が、リオウにとってなによりも耐えがたい苦しみだ。


「わかった、……ここにとどまろう、けれど、ナナミは無事に帰してもらうぞ、ルカ・ブライト!」


リオウの言葉に満足したのか、ルカはつかんでいたナナミの腕を外した。
慌てて駆け寄ってきたナナミを抱きしめる。そして耳元にささやいた。


「手形をぼくの分も一緒に、返しておいてね。それと、ぼくはロックアックスへ行く途中に王国兵に捕まって、殺されたことにしておいて。なによりも、弔い合戦なんかはしないようにね、そこら辺は、シュウさんがよくわかってると思うけれど。そして、ぼくのことはかまわずに、同盟軍としてがんばってほしい、なにより、自分を責めないで、悲しまないで、ナナミ。ぼくはナナミが辛い目に遭わないだけでうれしいんだから」
「リオウ、リオウ……!」


泣き続けるナナミの涙をぬぐって、ジョウイに彼女を任せる。
ジョウイの表情は複雑にゆがんでいる。リオウはそれに笑って見せ、頼んだよ、とつぶやいた。


重い足取りで部屋を後にするふたりを見送って、リオウはルカ・ブライトに向き直る、睨み付ける。


「その姿でにらむな」
「ルカ・ブライトもお姫様には弱いんだな」


とげとげしく反応を返すと、ルカは困ったような表情を浮かべる。
先ほどとは全く違った男の雰囲気に、リオウは調子が狂いそうになる。


「お前は、正確に言えばジルに似ているのではない」
「でも、さっきは」


「お前は、母親のサラに似ているのだ」




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