戦線前線アドゥ・リビトゥム

01.困−とまどい−惑


はじめ|もくじつぎ





グリンヒルで再会した親友は、王国軍の指揮官になっていた。
そのことに衝撃を受けたリオウだったが、それ以上に彼の姉が取り乱していた。


リオウは無事に逃げおおせた喜びよりも、姉のナナミが心配で仕方がない。
彼女は本拠地という第二の我が家へ戻ってきてから、ずっと泣き通しであったからだ。


どんな言葉がかけられるであろうか?
自分自身も驚いたことは確かだが、それには何か考えの合ってのことだろう、と考えられる。
昔からずっと一緒にいたのだ。ジョウイの気質を理解していれば、泣くほどまでに悲しむ必要など無い。親友はきっとみんなのために、なによりピリカのために、あえて敵地に身を置いているのだろう。


ナナミがどうして泣いているのかがわからないのに、言葉など意味もない。


すすり泣く声を聞きながら、扉越しにリオウはため息をついた。
自分の部屋でもあるこの一室に、いつ入ればいいものかという問いに答えは出ない。


そこへ、ジョウイを知る数少ない仲間、アイリとリィナ、そしてボルガンがエレベータから姿を現した。リオウは眉を寄せながら会釈する。


「リオウさん、お話は聞きました」
「ジョウイのやつが王国軍に入って……あいつ一体何考えてんだい!」


まくし立てるアイリに、それをなだめるボルガン。その隙にリィナが言葉を紡ぎ続ける。


「ナナミさん、ひどくショックを受けてのようですね」
「ええ、まあ……もう、どうしたらいいのかわからなくて」


どうして泣いているのか、考えれば考えるほど真っ白になる頭に、つい、弱音を吐かずにはいられなかった。言ってしまってから、リオウは苦々しく口を結ぶ。
しんと静まるその場所に、明るい空気をボルガンが持ってくる。


「リオウ、ナナミといっしょにジョウイにあいにいくといい!」


リオウを抱き上げ、たかいたかいをするように振り回すボルガンを、姉妹がいさめる。


「何を言うの、ボルガン、そもそも」
「へえ、アタシはボルガンにしちゃいい考えだと思ったけどね」
「アイリ!」
「だってさ、リオウ。人間の心の中なんてものは、腹を割って話し合わないとわかんないと思うぜ」
「アイリ……」


振り回された感覚でふらふらするリオウの肩をたたいて笑うアイリ。ボルガンは喜び、リィナは複雑な表情でふたりを見つめた。


「ハイランドに行きたいっていうならさ、あ、アタシとアンタがめ、夫婦かなんかのふりをしたら絶対いけるって! な、アネキ!」
「まあ、アイリったら、そんなことまで考えてたの……ふふ」


ほほを染めるアイリと優しくほほえむリィナに、とらえどころのない感覚を受け取ったリオウは、どうにかしてその場を逃れたいと思ったが、気がつけば後ろからボルガンにがっちりと動きを止められていた。なんとなく、万事休すである。


「行くー!」


リオウの危機を救ったのは、先ほどまで泣き続けていた姉の声であった。
扉を強く開くと、目と鼻を真っ赤にして、リオウとアイリを睨み付ける。


「行く! 私、行くからね! アイリちゃんと夫婦になってでも、ジョウイとお話しするんだから!」


リオウとアイリの間に割って入りながら、ナナミはアイリの手を取った。


「ちょ、ちょっと、アタシはあんたとじゃなくて」
「だって、ジョウイはいい子なんだもん! 昔からずっと優しかったんだもん! 何か考えがあるはずだもん!」


たじろぐアイリにまくし立てるナナミ。
ふたりの奇妙な構図に、リィナがたまらず笑い声を上げる。


「まあ、ナナミさんはジョウイさんのことをそんなに思っていらしたんですね」


リィナの言葉に、リオウは動揺を隠せない。
ここまで泣き通しだったのは、あのジョウイに好意を寄せていたからだったのか、と。
長く一緒にいたのに、そんな空気に気づけなかった自分を情けなくも感じる。


「ち、ちがうよっ! わ、私は……!」


涙のせいではない頬の赤さをあらわしながら、ナナミがリオウをちらりと見やる。
リオウはそれに気づくと、どうすればよいのか迷ったあげく、ぎこちなく笑い返すことにする。
この対応は間違いだったのか、ナナミは両手を上に振り上げて吠えた。


「もー! ち、がうん、だからあ!」


照れ隠しだと思われたのか、姉妹になだめられながらもナナミの頬のふくらみは質量を変えることはない。
久方ぶりのような和みの一瞬に、リオウはほっと息をついた。
ナナミが泣いていないだけで、心に被さっていたおもりが無くなるのを感じていた。




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