アイス

たらり、

むっくんの咥えているソーダのアイスが溶けて、ぽたりと落ちた。


「うげー、あちーし」


面倒くさそうに細められた目、丸められた背中。そんな彼を見上げながら、私は「アイスたれてるよ」と教えてあげた。
汗だくの彼の身体にはいくつも汗の筋が出来ていて、どれがアイスなのかは分からなかった。
むっくんは顎のあたりをぺたりと触って、顔をしかめた。


「うわ、ほんとだ。ベタベタするー」


眉間にしわを寄せてごしごしと口元を拭うその姿は、まるで子どものそれだった。
彼は可愛い。
こんなに背が大きくて圧力があるのに、子どもらしくて可愛い。


「何にやにやしてんの。」


ずいっと寄せられた顔。不思議そうな彼の目に見詰められる。
まさか「子どもっぽくて可愛かったから」などとは言えまい。


「何でもないよ。平和だなぁって思っただけ」


なるべく不自然にならないように笑って誤魔化す。彼はふーん、と言って背筋を戻す。
じりじりと暑い炎天下を二人で歩いていた。
蝉がうるさい。
遠くで子どもの遊ぶ声が聞こえる。
あぁ夏だなぁなんて当たり前の事を思いながら、熱せられたコンクリートを踏み締めていた。
こんなふうにむっくんとのんびり歩けるのなんて、そうそうないだろう。むっくんは部活が忙しいから。
でも口下手で照れ屋な私は、面白い事の一つも言えない。ただ目も合わせず無言で歩くだけ。
こんな時は自分の性格を呪いたくなる。
ごめんね、むっくん。


「なんで謝んの」


「えっ」


不審そうなむっくんの視線がこちらへ向けられる。…声に出ていたのか。
しまった、と俯くと、むっくんは歩みを止めてこちらへ向き直った。


「どーして?」


恐る恐る顔を上げると、とても真っ直ぐな瞳。
とても誤魔化せる雰囲気ではない。


「…いや、ほら、私口下手だから。折角二人になれたのに、むっくん退屈しちゃったんじゃないかなって」


なるべく明るく笑う。
じりじりとした陽射しが今も容赦なく照り付けて、私の黒い髪が熱を吸収する。
むっくんは黙ったままだ。
彼の右手に握られたアイスは、食べかけのままどろどろと溶け流れ落ちている。
手首までつたったそれは、またぽたりと地面に落ちた。
地面には小さい水たまりができていた。


「そんなこと、思ったことないし。それとも零時ちんは黙ってる俺は嫌い?」


「ううん、そんなことない」


絶対にないよ。
咄嗟に首を振った。まるで反射するようにだ。
私はむっくんと二人で静かに歩く道が好きなのだ。夏の音を聞きながら、二人で靴音を立て歩くのが。
特別なことなんて何もない時間を、二人で過ごしたかった。


「じゃあいーじゃん。俺も嫌いじゃないし。
何でか知らないけど、黙ってても心地いーの」


そう言って彼はまた歩き始めた。
日が照りつける。
汗が滴る。
むっくんは陽射しを煩わしそうに目を細めながら、私にどろどろになったアイスを突き出した。


「零時ちん暑くてアタマ変になっちゃったんじゃねーの。これ、あげるから」


食べかけの、溶けかけのソーダアイス。
私はそれを手に取って、口へ運んだ。
冷たい。
しゃりっとした食感と共に、ソーダの爽やかな味。うん、美味しい。


「帰ったら、一緒に手を洗おっか」


「うん」


べたべたになった手にアイスの棒をぶら下げながら、私達は黙って夏の道を歩いた。
相変わらず蝉の声はうるさいし、陽射しは変わらず暑かった。
隣を歩く猫背のむっくんは、眩しそうに目を細めていた。



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夏はアイスですよね!食べ過ぎには注意。

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