すごい人



短編のつもりでしたが、飽きてしまったため小ネタに供養。





赤司くんは、すごい人らしい。
洛山高校一年生、男子バスケットボール部主将。
そんな肩書きを聞いたことがあるし、一年生で主将なんてすごいなぁとも思った。それに以前私がうっかり落とした生徒手帳を拾ってくれた時の存在感も、普通の人とは全く違ったし。友人も口を揃えて「赤司くんはすごいよね」と言う。
何だかこの世の理のように、私は何となく、赤司くんはすごい人なのだなぁと思っていた。もちろん私と彼に接点などなかったし、彼のすごさを身をもって実感することなどないであろうけれど。

「深夜さん」

廊下の真ん中で、唐突に呼び止められた。何やら聞き覚えのない男性の声で、またうっかり何か落としたかと振り向く。
そこには、以前生徒手帳を拾ってくれた時と同じ笑顔が。その手にはまた、私の生徒手帳が。

「あ、ごめん赤司くん!わたし、また」

どれだけ馬鹿なんだ!
学割という学生の特権を使うためにも、この生徒手帳は必須だというのに…私としたことが、一年の時点で2回も落とすとは。しかも2回も赤司くんに拾って貰うとは。いくらなんでも学習能力がなさ過ぎる。
そう呆れながら赤司くんの手から生徒手帳を受け取ろうとするが、赤司くんはがっちり生徒手帳を掴んだまま離してくれない。
…あれ。どういうことだこれは。

「…あ、あの、赤司くん?」

「僕の名前、覚えていてくれたんだね」

「うん、まぁ…赤司くん有名人だし!ていうか赤司くんが私の名前を覚えてくれてたことに驚きだよ」

「以前生徒手帳を拾った時に見えた名前が、とても素敵でね。深夜零時、いい名前だ」

「あ、ありがとう。ところで私の生徒手帳なんだけど…手、いいかな」

少し力を込めて引っ張ってみるけれど、びくともしない。うーん、これはもしかして、絡まれているのだろうか….!
わたし、何か悪いことしたのかな…。
記憶を辿ってみるけれど、赤司くんとの関わりは前回生徒手帳を拾って貰って以降なかったはずだった。

「だって君、この生徒手帳を受け取ったら行ってしまうだろう?」

「え」

「僕としては、もう少しここで君と話していたいんだ。もちろん場所はここでなくとも構わないけれどね」

廊下の真ん中で男女が生徒手帳の両端を持ちながら話している。しかも相手はあの赤司くん…!
傍から見れば異様な光景だろう。

「ば、場所変えないかな?ここだと目立つし…」

「そうだね。けれど残念だな、もうすぐ授業が始まってしまうよ。これは放課後君に返すから、取りに来てくれるかな。場所は後で僕から連絡しよう」

そう言って手渡されたのは、綺麗な字で書かれた電話番号のメモ。こんなものを用意していたとは……って、あれ?用意?
それじゃあもしかして、これって…
そう気付いてふと顔を上げると、そこに彼の姿はなかった。私の生徒手帳と共に、跡形もなく消えてしまった。
夢のような感覚だったけれど、連絡先のメモはこの手の中にちゃんとあるわけで。
どうして目をつけられたのかは疑問だが、私が学習能力のない馬鹿だという訳ではなかった点は安心である。
何はともあれ、待ち合わせ場所に呼び出されて集団リンチなんてことはないよう願うばかりであった。
うーん、確かに赤司くんはすごい人だ。
だけど、何だか思ってたのとは違う。

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