狡猾




「う、ぅ」


業務時間終了後の探偵社。残業するべくデスクへ戻ろうとした俺は、人影に気付いた。
零時だ。
零時が蹲って泣いていた。


「大丈夫か」


原因は分かっている。
失恋である。
何故だか恐ろしい情報網を持つ太宰が、困ったように言っていたのを聞いた。
真面目な彼女は、公私混同しないよう気丈に振舞っていた。俺ですら、太宰に言われなければ気付かないほどに。


「…っす、みませ、大丈夫、ですから…」


えづいて上手く言葉が出て来ないようだ。相変わらず顔を上げない彼女。
俺はそっと、彼女に手を伸ばした。


「泣いていい。ここには俺と零時しかいない。」


そっと頭を撫でると、彼女は俺に抱き着いた。そうして子どもみたいに、えんえんと泣き始めた。
あぁ、俺は何を言っているんだ。
ハイエナみたいに、全く。
人の失恋を喜ぶなんて、それを機会に彼女をものにしようなんて、俺の理想に反している。最低だ。
そう思うのに、彼女の背中を撫でる手は止まらなくて、彼女の香りを纏うだけで堪らない幸せに包まれて。


「嗚呼、すまない」


全く理想とはかけ離れて、俺はどんどん汚くなって行く。
道標に背を向けて、行き着く先は何処へやら。
それが、彼女の元だったのなら、それ程嬉しい事など無いのであろう。


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ちょっと狡い大人な国木田さん

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