浮気な訳ではないんです!



「原くんって、いつも風船ガム食べてるよね。
…それで、お願いがあるんだけど…」


とある日の昼休み、屋上。
私は風船ガムを膨らませる原くんに、頼み事をしていた。


「…ふ、風船ガムの膨らまし方を、教えて下さいっ!」


対しての原くんは、驚きもせずにガムを咀嚼するばかり。
時々膨らませては、態とらしく割って見せる。
そして面白い玩具でも見付けた様に、にやりと笑った。


「零時ちゃんの頼みとあれば、断る訳にはいかないよね。
いいよん、教えてあげる」




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それからと言うもの、場所も何も気にせず、時間があれば原くんは私に風船ガムの奥義を教えてくれるようになった。
時には教室で、時にはグラウンドで、時には廊下で、時にはマジバで、時には……部活開始前の、更衣室で。


「そ、唇すぼめるの」


「こ、こうかな、」


「いや、ちょっとやり過ぎ。
酷い顔だよ?w
…んーっとね……ほら、好きな人と、キスするみたいな。
ほら、やってみ」


つん、と唇を突つかれる。
ななな、と、私は吃る。
それはそうだ。
私は原くんの言う『好きな人』の意味を分かっちゃってる訳だから。
だって私の好きな人は彼しかいない訳で、そんな彼とのキスシーンを、見世物にさせられてる訳で…

脳内が混乱している私を、面白そうに原くんが眺めている。
風船ガムを膨らませるその口をつい見てしまい、また赤面する。


「原くん、変な事言わないでよっ」


「え?なんでー?
変な事じゃないって、これも立派なやり方の一つだよん。

…それとも何、意識しちゃう?」


前髪で目が隠れた原くんが、にやりと口を歪めて迫って来る。


「困ったなー、零時ちゃんには、大好きな御主人様がいるんじゃなかったっけ?」


私の座るベンチに馬乗りになって、ゆっくりと間を詰めて来る。
にやにやと笑う原くんは、私の顔を覗き込んで来た。
彼には私の顔が見えている筈なのに、どうして私には彼の目が見えないのか。


「…っは、はらく…」


やめて、と、声を絞り出そうとした。
恐い。
恐かったのだ。
真偽の分からない隠れた瞳が、恐かった。
どうすれば良いのか分からず、ぎゅっと目を瞑る。


「…なーんてね。
ごめんごめん、からかい過ぎちゃったね。
ドアの外で盗み聞きしてるきみの御主人様がね、あまりに面白くってさぁ」


けらけらと笑う原くんと、唖然とする私。
先程の話が本当ならば、今ドアの外には花宮くんがいると言う事になる。
そう考えると、何だか急に不安になった。
何が原因かも分からないが、先程とはまた違ったものだ。


「まぁ充分楽しめたし、きみもそこそこ風船膨らませられるようになったっしょ?
そんじゃここらで、邪魔者は退散するからさ。
まったね〜」


気まぐれに風船を割りながら、部屋を出て行く原くん。
入れ替わりに、花宮くんが入って来た。
そりゃあもう、これ以上ないってくらい麻呂眉が眉間に皺を作っている。
レギュラーの中では一番低身長の彼だって私よりは当然大きい訳で、不機嫌なように私は彼に見下ろされる。
ここまで不機嫌だと、最早原くんは邪魔者なんかじゃなく、私達の間に入って和ませてくれ、とでも言いたいくらいだ。


「…俺以外に懐くとはいい度胸だな」


地を這う様な低音でそんな事を言われた時には、本当に何されるか分かったものじゃなかったけれども。









浮気な訳では

ないんです!









(嫉妬してもらった、なんて)

(とんだ勘違い、かな…?)

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