ご褒美ください。





「花宮くん、花宮くん!
今日、暇かなっ?」


とたとた、私はいつものように御主人様の所へかけた。
彼は相変わらず席で本を読んでおり、私の存在に気付くと営業スマイルを浮かべた。


「僕は良いんだけれど……零時さんは平気?
テスト勉強。」


少しの皮肉を織り交ぜて告げられたのは、すっかり忘れていたテストの予定。
えぇっと、確かテストは……


「あと、3日……!」


花宮くんとの予定は勿論無しになりました。









「ちっ、何で俺がお前の勉強になんて付き合ってやんなきゃいけねぇんだよ」


部活終わりの図書館で、私は彼に勉強を教えて貰っている。
優等生である彼は大抵の事はこなせるので、勿論勉強も例外ではない訳で。
彼も部活で疲れているだろうに、私に勉強を教えてくれている。
優しい人である。


「これって、どうしてこうなるの?」


「あ?
…って、お前……その程度、公式に当て嵌めれば一発じゃねぇか」


「公式?」


「……お前、残り3日でそこからって……希望も何もねぇぞ、おい。」


そう言いつつも、彼はスラスラと整った字でノートに公式を書き込んでいく。
習字のお手本みたいに綺麗な字が、あっという間に公式として並んでいた。
こんな公式もあったなぁ、なんて記憶の片隅から見付け出す。


「まず、ここのXに何を代入すれば良いのかは分かるよな?
分かんなかったら殴んぞ?」


「それ最早聞いてないよね」


そんなこんなで、花宮くんに御指導戴いた訳だけれども…
……確実にこのままじゃ間に合わないと我ながら悟った私。
花宮くんから宿題は貰ったんだけど、それを解くだけじゃ3日で仕上げられる筈もない。
明日は瀬戸くんにでも勉強を聞きに行こう、と考えている私だった。




……が、翌日の休み時間瀬戸くんに勉強を教わりに行くと気付く。

『こいつ教えるの下手だ』

と……。
瀬戸くんは誰から見ても天才型で、ほぼ何でも分かっちゃうような人。
だからきっと、私みたいに『分からない』っていう事自体が分からないんだと思う。

ココはどうしてこうなるの?

と聞けば、

見れば分かるよ。

と返される。
ハッキリ言って何も分からない。
だからと言って、他の人に聞くにしても、原くんはからかわれて終わりな感じがするし、ザキはそもそも出来なさそう。
…じゃあ、古橋くん?
あの人も教えるの下手そうだなぁ…

やっぱり頼れるのは花宮くんだけ。
でも、休み時間にまで会いに行ったら迷惑だよね。
そうして迷っていたら、綺麗な手が私の机に置かれた。
ふと顔を上げると、そこには悩みの種である御主人様の顔が。
ここは学校なのに、営業スマイルじゃない。
その上何処となく不機嫌そうだ。


「…会いに来ないの、何で?
テストの点、取りたいんでしょう。
なら、時間空いたら会いにおいで。
僕の都合とか、気にしないでいいから」


霧崎バスケ部のマネが馬鹿だと、評判落ちるしな、

なんて後付けみたいに小声で言われた。
不器用に、彼は彼なりに心配してくれているらしい。
ありがとう、と感謝を述べれば、気にしないで、なんて営業スマイルを返される。
彼の仮面はいつの間にかガッチリ固められていた。

その後は、ただ時間が空けばひたすら彼の所へ走った。
どんなに短くても、彼の説明であれば充分で。
短時間の勉強を終え帰る時はいつも、お疲れ様、なんて声を掛けてくれるのだ。
勿論営業スマイルだけど。


「ではこれより、テストを始めます。
開始の合図がかかるまで、冊子を閉じて中を見ないようーーーー」


テスト直前に、彼の声を思い出す。
宿題をやった時に褒めてくれたり、同じ失敗を繰り返した時叱ってくれたりしたあの声。
合図がかかるまで、ひたすらにリピートされた。








「全教科、赤点免れた……!」


地獄の補習が、今回はないのだ。
(前回あったかどうかは、なるべく聞かないでほしい…)
今すぐ花宮くんに、見せに行きたい。
だから放課後、部活終わりに彼を誘おう。
そうして、ゆっくりお礼を言うんだ。


「見て見て、花宮くんっ!」


赤点免れたんだよ、と伝える。
部活終わりの彼は、少し疲れた様子で私のテスト用紙に目を通した。
私のそれを一瞥した後、

「3日にしては出来た方じゃねぇの」

と言い捨てる。
彼なりに褒めてくれている、と思うと、それだけで胸がキュッとなった。
でも、彼はあまり私を見てくれない。
こう言う時くらい、目を合わせてくれたって良いのになぁ。
そんな意味を込めて、彼をじっと見つめてみる。
最初は無視していた彼が、突然私の頭に手を置いた。


「…んな物欲しそうな顔してんじゃねぇ」


「…花宮、くん?」


「褒めて欲しいんなら、黙って頭貸せ。
撫でるくらいは……まぁ、してやってもいい」










ご褒美ください。








(花宮くんは、褒め上手だね)

(私、浮かれちゃうよ)

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