わたしのご主人様。



花宮真。
霧崎第一高校の生徒ならば、知らない人はいないほどの有名人だ。
ルックスも、教師への態度も、生徒からの信頼も、勿論勉強も、部活も
全て完璧にこなしているからである。
それだけ完璧ならば、同級生に嫌われそうな物だが……それでも彼は男女構わず愛想を振り撒き、人気を得ているのだ。

例の如く私も彼の事を知っている。
だがそれは彼が噂される程の完璧人間だからではなく………

……彼が私の『ご主人様』だからである。


「花宮くん、花宮くん!

これ、スポーツドリンク!
部員皆の分、作って来ましたっ」


花宮くんの『所有物』である私は、今日も男バスの為働く。
理由は勿論、花宮くんの命令だから。

こんな不可解な関係が始まったのは、霧崎第一に入学して少しの事だった。
たまたま見てしまった花宮くんの『裏の顔』に惹かれたのだ。
….正しくは、裏の顔と優等生の顔とのギャップに、だ。
馬鹿な私は何も考えずに、

『ゲスい花宮くんも好きです!』

なんて告白してしまって。
玉砕覚悟で言った告白は、彼の興味本位で受けてもらえたのだ。
勿論、条件付きで。
その条件が、この命令だ。

『付き合ってやる代わりに、お前は俺の犬になれ。
もし俺の命令に逆らうようなことがあれば、別れるからな』



「ん、分かった。
じゃあ休憩に入るから、あいつらに配れ」


「はぁいっ!」


花宮くんに言われるがまま、作ったスポーツドリンクを部員に配っていく。
我が校の一部のバスケ部員には、熱狂的なファンがついている。
その為マネージャーを雇う事も出来ず(下心アリで入られても、仕事しないだろうからね)、命令されている私がマネージャーの仕事を一人でこなすのだ。


「大変だろう、一人であれだけの仕事をこなすのは。」


全員分のスポーツドリンクを配り終え、近くのベンチに座っていると。
我が校のバスケ部スタメン古橋くんが隣に座った。
どうやらわたしの事を心配してくれているようだ。
その目は濁ったままで心配の色は浮かんでいないけれど、それが古橋くんだ。
無表情ながら、彼は彼なりに心配してくれている。


「ありがとう、古橋くん。

でも皆もハードなメニューこなしてるんだもん。
私だけがバテてちゃいけないなって思うんだ」


「お前はしっかり者だな。
だからこそマネージャーを務められるんだろう。」


古橋くんが、私の頭を撫でてくれた。
これは最上級の褒め方だ。
彼は私を褒め称えてくれている。

……すると、遠くから花宮くんの声が聞こえた。
広い体育館だ、声が吸収される。
何を言っているのか、ここからでは分からない。
だが確かに、彼は私を呼んでいた。
名前を呼ばれたかも分からない距離だが、彼の表情から分かる。
彼は私を所望している。


「あ、花宮くんが呼んでる。

わたし、ちょっと行ってくるね」


「あぁ。
毎度毎度お疲れ様。」


呆れ気味の古橋くんに見送られ、私は花宮くんの方へと走る。
やっと辿り着くと、パイプ椅子に座る花宮くんが不機嫌そうに私を見た。


「名前よんだらすぐ来いよ」


どうやら、私が古橋くんと話していて遅れたことに怒っているらしい。
彼はムスッと腕を組んで私を見下ろした。


「ご、ごめんなさい…」


私は身を縮こまらせて謝った。
こんな私は、傍から見れば飼い主に躾けられている犬のように見えるのだろうか。











わたしの

ご主人様。











(花宮くんは、わたしのこと好きでいてくれてるかな)

(そうだったら、いいな)







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