嫉妬する彼の台詞 | ナノ




「真ちゃん」


恋人の名前を、ぽつり。
目の前の恋人は、顰めっ面で眼鏡をかちゃり。


「…その呼び方はやめろと言っているだろう。」


そう言った後、で、何の用なのだよ、と用件を聞いてくれる。
分かりにくいかも知れないが、これが彼の優しさ。即ち、愛。


「何でもないよ。呼んだだけ」


そう言うと、そうか、と言ったっきり真ちゃんは外方を向いてしまった。
彼は真ちゃん、と言う渾名を好いていない。
私は好きなのだけれど…
彼の相棒が付けたらしいこの渾名、190越えのノッポを呼ぶには可愛らしすぎる気も些かする。
でも、真太郎、なんて恥ずかしくて呼べやしない。
いつも友達のようなテンションで絡んでいるから、恋人らしい事をするのが苦手なのだ、私も彼も。
勿論、彼を好きでいる彼女としてはそのような事をしてみたいとは思う。
だが、奥手な彼が仕掛けてくるとも思えない。自分で仕掛ける事も出来ない。
結果、友達であった頃と何ら変わりない…そんな曖昧な関係が続いているのだ。


「そう言えば深夜、今日は用事で帰るのが遅くなる。
だから、俺の帰りを待たずに先に帰ってくれ」


ほら、彼だって。
未だに私のこと、深夜としか呼んでくれない。
いつか零時、って、名前で呼んでほしいものだ。
無論、その時は私も覚悟を決めて、真太郎、と彼を呼ぼう。
そんな時が来るのかどうか、見当もつかないが。
分かったよ、と返事をすると、彼は、そうか、と言ったっきり背を向けた。


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「…結局残っちゃった」


男バスの練習を見学して、真ちゃんと帰るのが日課な私。
真ちゃんが練習後も予定があるのを知っているのに、何故か残ってしまった。
彼は練習後直ぐに体育館を後にしたので、私は体育館で一人。
まぁ、帰るしかない。
そう思いとぼとぼと歩いていると、校門の前の車道に自転車が停めてあった。
一人の男子高生が、その自転車に乗り込む。その自転車の後ろには、リアカーらしき物が付いており……って、あの人高尾くん?
恋人の相棒だ、忘れる筈がない。
どうせ互いに一人なのだ、と思い、彼の元へ走る。


「高尾くん!」


私を見付けた彼は少しびっくりしたような表情を見せた後、練習見てたんだ、と笑った。
状況把握が早くて助かる。
伊達に真ちゃんの相棒をやってないという感じだ。


「折角だし、乗る?」


高尾くんが親指で、自転車に繋がれたリアカーを指すので、私は反射で目を輝かせる。


「えっ、いいの!?」


真ちゃんは、危ないとか何とか言って乗せてくれなかった。
だから、ずっと乗りたかったんだよね…!
お邪魔します、と言ってリアカーに乗り込むと、それを見届けた高尾くんはゆっくりとペダルを漕ぎ出した。
途端、ガタリガタリとリアカーが揺れる。


「高尾くん、大丈夫?重くない?」


「真ちゃんに比べればヨユーっしょ」


けらけらと笑い声が前から聞こえて、高尾くんはとても気の利く人なんだなぁと感じた。


「高尾くんってすっごいモテそう」


「俺?あぁ…まぁ、それなりにね。
でもまぁ俺の場合、クラスの人気者って感じの雰囲気で手が届きやすいから。
真ちゃんの場合、あれはもう高嶺の花ってか、観賞用だな、完全に」


そっか、やっぱり真ちゃんってモテるんだ…。もやもやとする心を振り払うみたいに、自転車は加速した。
風を感じる。
涼しい風と高尾くんのトーク術(高尾くんはトークがとても上手いみたいだ)で、胸のもやもやもすぐなくなった。
まぁなくなったと言うより、誤魔化された。


「あ、この辺りでいいよ」


私がリアカーから顔を出すと、おっけー、と返事が返ってきた。
ゆっくりとスピードを落とす。
私を気遣ってくれているのだろう。


「んじゃ、もう暗いし気を付けてな」


ひらひらと手を振る高尾くんに手を振り返して、私は帰路を歩く。
高尾くんが人気の理由が分かった気がする。
私が家に入るまで見送ってくれた高尾くんに、心の中でお礼を言った。


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清々しい朝。
澄んだ空気。
顰めっ面の彼氏。
うん、ミスマッチ。
私も状況を把握出来ていないのだが、朝支度を終え家から出ると、何故か真ちゃんが私の家の前に立っていたのだ。
むすっとした、いつもよりもっと顰めっ面な顔で。


「え、えっと…おはよう?」


おずおずと言うと、あぁ、とだけ返ってきた。
どうする事も出来ず、ただ真ちゃんを見上げる私。
何故だか分からないけれど、彼は怒っている。
普通に考えて、怒るとすれば私の方だろうに。
まぁ、昨日のは私の自己判断故のものだから…誰を責めることも出来ないんだろうけど。


「…昨日、高尾と帰ったそうだな」


「え、あ、うん」


何を思ったか、低い声でそんな事を尋ねてきた。
突拍子もないその言葉に、私の口からは間抜けな声が出た。
それでも折角生まれた会話なので、何とか続けようと言葉を絞り出してみる。


「…え、えと、どうして知ってるの?」


「先輩から聞いたのだよ。
何やら高尾とお前が、親密そうにチャリアカーに乗り込んでいると」


バレてた。
チャリアカーには乗るな、と真ちゃんから言われていたから、もしかしたらそれで怒っているのかもしれない。
…て言うか、『親密そう』って何それ。
高尾くんとはあまり面識がないし、会話と言っても二人きりで話したのは昨日がほぼ初めてだったんだけど…


「…ご、ごめんね」


「…何故謝る。
お前は俺に謝るような事を、高尾としたと言うのか」


「え?いや、まぁ…」


確かにチャリアカーに乗ったのは私と高尾くんだから、共犯と言うことになるのだろうか。
真ちゃんの言い付けを破ったのだから、胸を張って言える事でもない。
昨日の事は真ちゃんにとって『謝るような事』なのだと納得した。
まぁ違和感は残っているのだけれど。


「…どうしてなのだよ」


「え?」


「俺に魅力がなかったからか。
俺よりも高尾の方が魅力的だったのか」


…いやいやいや。
何でそうなるのか、全く分からない。
高尾くんが魅力的だからチャリアカーに乗るとか、噛み合ってないにも程がある。
確実に、真ちゃんは勘違いしている。
何とか弁解しようと口を開くと、真ちゃんが溜息をつきながら私より先に言った。









如何して俺が

こんな事を…







(全く俺らしくないのだよ。
昨日から零時の事ばかり考えて…)

(…い、今、名前で呼んでくれた…?)


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