最後の祝福





「お邪魔しまーす」


「やぁ、いらっしゃい」


4月2日、岸谷新羅宅。
今日は彼の誕生日らしく、私は家に呼ばれたのだ。
無論、家へ行きたいと言ったのは私なのだが…まぁ、想いを寄せる異性の誕生日を祝いたいと思うのは普通だろう。この気持ちは誰にも伝えてはいないけれど。伝えるつもりもないけれど。


「…あれ、今日はセルティさんいないの?」


玄関からリビングへと続く廊下を歩きながら、あまりの静けさに疑問を抱く。
彼の恋人、セルティ・ストゥルルソンの姿がないのだ。
私が尋ねると、新羅はガックリと肩を落として言った。


「そうなんだよ…セルティは今日、急な仕事が入ったらしくてね…夕方頃には帰って来れると言っていたんだけど」


まぁ別に、僕の誕生日なんてどっちでもいいんだよ。セルティの都合を最優先にしたいんだ。

そう言って笑う新羅の姿は、とても優しい旦那さんみたいだった。
二人の間に入れるものなど、きっと何もないのだと感じた。
叶わない恋だ、早めに諦めるが吉。
無駄に想えば想うほど、現実を見るのが辛くなるだけだ。


「あ、私ね、新羅の為にケーキ作って来たんだ」


なるべく明るく言った。
この気持ちは気付かれちゃいけない。
彼の誕生日を祝うのは、今日が最初で最後と決めていた。
今日を境に、私は彼と距離を置こう、と。
池袋にはもっといい人が沢山いる。
彼に執着しなくたって、大丈夫。


「へぇ、キミ料理出来るんだね」


それじゃあ頂こうかな、と、新羅は食器を取り出した。
お洒落な装飾があしらわれたお皿とフォーク。
部屋の雰囲気にぴったりで、あぁ、これもセルティさんと二人で選んだのかな、と思った。
二人分のケーキを切り分け皿の上へ乗せる。
それじゃあいただきます、と新羅はそれを口へと運んだ。


「うん、美味しいよ。
キミは料理が得意なんだね」


これはいいお嫁さんになれるよ、と笑う新羅。
ねぇ、この手料理を貴方の為だけに振る舞いたかった、と言ったら、貴方は驚くかな。
何だか惨めになった気分だ。鼻がツンとしたから、咄嗟に目の前のケーキを頬張った。
キミは食いしんぼうだなぁ、なんて横で笑う新羅は、とても残酷だ。


「僕はね、零時ちゃん、見えないふりをするのが、得意なんだ」


ぽつり、と言った。
真っ黒。
にっこりと細められたその眼は、全てを知り尽くしたような色だった。


「狡い男だよ、僕は。
キミを手放したくないと言ったら笑うかい?
キミは良い友人だからね」


あぁ、全ては気付かれていたんだな。
狡い、狡い人だ、この人は。
不意に玄関から、ガチャガチャと音がした。
その音が何の音なのか察する前に、新羅は立ち上がった。


「セルティ!」


キラキラとした目。
嬉しそうに緩む口元。
一生かけても、この差は縮められそうにない。
ばたばたと新羅は玄関へ駆けて行く。
静かになったリビングと、食べかけのケーキ。
何も考えたくなくて、ただ一言、私は呟いた。


「新羅、お誕生日おめでとう。」









最後の祝福







(そんな風に笑われたら、責めることもできない)


▽04.02.岸谷新羅誕
本当におめでとう御座います!

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