酔うと脱いじゃうんです


「乱歩さんって、お酒とか飲むんですか?」


ぽつり。
唯他意もなく聞いたこと。
でも今は、そんな質問をした自分を呪いたい。


「まぁね。僕とて大人だから!」


大人と言いつつも、顔も態度も子供の其れだ。
無論彼は大人其の物で在り、私がとやかく言う事でも無いのだが…
意外だ、と、其の時の私は言った気がする。
すると乱歩さんはむっとして、なら見せてあげるよ、等と言ったのだっけ。
そうして、事務所に二人きりで残る事になった。
夜遅い。皆職務を終えて、残ったのは私達二人だけ。
だが相手は乱歩さんだ、そんな都合良くロマンチックなムードなど流れはしない。
まぁこんな物だろうと思いつつ机上の缶を見る。
其処には何処かで聞いた事が有るようなお酒の名前が書かれていた。
他にも瓶やペットボトルの様な物まで置いてある。
全てがお酒の様だ。
私はあまりお酒は好まず得意でもないので、詳しくはないが。


「よぅし、呑むぞ!
君も呑む?」


乱歩さんが缶を取る。
私の方に傾けて来たので、私は直様首を振った。


「いいえ、私は結構です。
お酒はあまり好きではないので…」


「まぁそうだろうね。
此処に用意した酒は有名な物ばかりなのに、君は物珍しそうに見詰めていたし。
君が酒に詳しく無い、即ち君はあまり酒を好んでいない証拠だ」


にやり、と口元を歪める乱歩さん。
この程度はお見通し、と言う訳ですか…。
分かっているなら何故聞いたの、と心の中で毒突き乍らも、凄いですね、流石です、と乱歩さんを褒め称えた。
乱歩さんは自慢気に胸を張る。


「まぁね。これくらい僕の異能『超推理』を駆使しなくても、名探偵江戸川乱歩様にはお見通しって事だよ」


言いながら、プシュリと缶を開けた。
何やら部屋に甘い香りが立ち込める。
乱歩さんが今呑もうとしているのは、カクテルの類いの様だ。
まるでジュースの様な甘い香り。
それだけで酔ってしまいそうだった。


「ビールや焼酎みたいな、苦いアルコール飲料を好んで呑む奴等の気が知れないね。
味覚がおかしいとしか思えない」


アルコールは甘いのに限るよね、と言いながら、グイッと缶を傾けた。
ごきゅりごきゅりと音を立てて、液体が流し込まれていく。
わぁ、いい呑みっぷり。
人は見掛けによらないと言うけれど、もしかしたら乱歩さんはお酒に強い人なのかも知れない。
ごくごくごくごく。
暫くの無言が続いて、乱歩さんが缶から口を離した。
ふぅ、と息を漏らした後、唐突にネクタイを緩め始めた。
まぁネクタイ位なら当然だろうと思いっていたのだが、乱歩さんの呑むお酒の量が増えれば増えるほど、動きが奇怪になっていった。
ネクタイを緩めるだけでは飽き足らず、ネクタイを外す。
そしてコートを脱ぎ捨てて(私がきちんと拾ってハンガーに掛けた)、ベストも脱ぎ散らかした(これ又私が拾って畳んで置いた)。
そして今に至る訳だが…
…何やら、乱歩さんはワイシャツのボタンを外し出した。
そう、此れこそが私が先程の軽率な質問をした自分を呪いたがった理由だ。
どうやら、乱歩さんはお酒が弱い上に酔うとやたらと脱ぎたがる体質?らしい。
流石に是以上はまずい、と、私は止めにかかる。


「ちょ、乱歩さん!
脱いじゃ駄目です、ボタンを外しに掛からないで下さい…」


「だって暑いんだ。
暑かったら脱ぐでしょ?君だって」


「い、家で脱いで下さい!此処には私も居ますし…って、もうお酒は呑んじゃ駄目ですよ!」


「いーの!まだ大丈夫…」


まるで子供みたいに駄々を捏ねて、私の言う事を断じて聞こうとしない。
一体如何するべきか。
上くらいなら脱がせてあげても良いのだろうか…
モラルの問題等と戦いながら、目の前の男を見る。
頬は赤く目は虚ろ、舌ったらずな喋り方に熱くなった身体。
暑い、と言いながら今も服を脱ごうと手を動かしている。
暑いのでは無く熱いのでは、と思ったりもしたが、この酔っ払いに話が通じるとも思わない。
如何も小柄な目の前の男は、満面の笑みでワイシャツを床へ放り投げた。
とても筋肉質とは言い難い、細っそりとした身体。
肌は白く、身体の線が女性の様にすらりとしている。


「嗚呼暑い!」


是以上脱がれたら堪ったものではない。
私は直様机上のお酒を片付けた。
彼にはそれが気に入らなかったらしく、手首を掴まれ制止させられる。
私の手首を掴む彼があまりに熱くて、びくりと身体を揺らした。
すると目の前の男は、子供のような笑顔で私に言った。


「君の手は冷たいね?」


指先が絡まって、後々首や頬を撫でられる。
何時もの乱歩さんなら、絶対にこんな事しないのに。
付き合っても無くて、好きでもない異性に、こんな事_______


「好きですよ、」


投げやりに言った。
どうせ忘れてしまう。
すると首筋を這っていた指がピタリと止まって、目の前の探偵はにやりと笑った。


「そんなのは、もうとっくにお見通しだよ。」


だから、僕の答えは、

そう告げた後、探偵は首筋に置いた手を私の後頭部へ滑らせ、自らの方へ引き寄せた。
微かなアルコールの香りに包まれて、何時もよりも熱いであろう彼の唇が、私の唇に触れた。
あぁ、全ては名探偵のシナリオ通りだったと言う事ですか。
其れとも、唯の偶然ですか。
何方にせよ、今日の事を忘れられては困る、と私も唇を押し付けた。



▽名探偵と落とし穴

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