小説 | ナノ

黄瀬涼太


『黄瀬く〜ん!』


…まただ。
黄瀬がシュートを決める度、きゃあきゃあと五月蝿い体育館出入り口。
練習の邪魔だと出入り禁止になっている女子達は、扉の前で固まって黄瀬の活躍を見ている。
それをマネージャーである私は、毎日の様に注意をする。


「今のシュート、見てたッスか!?
ねぇ、深夜っち!」


黄色い声をあげる女子達に私が苛立っていると、黄瀬が嬉々とした表情で走って来た。
キセキの世代とか呼ばれるこいつは、認めた人間にだけ『〜っち』を付けるらしい。
私も地道にマネの仕事をしていたら彼に認められたらしく、先輩である私に対しても深夜っち等と呼んでくる。
全くムカつく奴だ。
何が一番ムカつくって、彼奴に渾名を付けられて嫌じゃない自分が一番ムカつく。


「はいはい、見てたよ。
でもフォームが少し変だった。
右寄りって言うか、曲がってた」


身体の軸が、こんな感じに、と教えてやると、ふむふむと頷く黄瀬。
本当に分かっているのかは分からないが、バスケに対しては真剣な奴だ。
きっともっと、上手くなる。


「黄瀬くん、かっこ良かったよ!」


そんな声が向こうから聞こえて、つい舌打ちをしてしまう。
今黄瀬は私と話しているのに。
どうしてあんたが入って来るの、そんな馬鹿げた独占欲だ。
まるで子供らしい。
そんな私の考えなんて知らないで、黄瀬は私に問い掛ける。
練習着の首元で汗を拭いつつ、気まずそうな顔をした。


「深夜っちは……嫌ッスかね、ああ言うの。」


ああ言うの、って?と問うと、黄瀬は視線を出入り口に向けた。
そこには黄瀬が自分達の方へ視線をやった、と喜ぶファンの女子達が。


「あぁ……まぁね。
確かにイライラするし、何より練習の邪魔になるよ。
皆集中して真剣にやってるのに、まるで冷やかしてるみたいだ」


黄瀬くんと何話してたの、とか、黄瀬くんから離れなさいよ、とか。
その類の質問(と言うより命令)は、幾らだって突き付けられた。
水を掛けられたりもしたし、軽い暴力もふるわれたりした。
それでも、部員の為なら、黄瀬の為なら、耐えても良いと思った。
マネを続けようと思った。


「やっぱり、そうッスよね。
じゃあ俺、後でファンの子達に言っておくッス。
深夜っちが嫌なら、俺もそれに合わせる。」


それじゃあ、なんて言って練習に戻る黄瀬。
その時の爽やかな笑顔と言ったら、優しそうな声と言ったら。
そりゃあまぁ、黄瀬がモテる理由も、少しは分かった気がするけれどもね。

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