小説 | ナノ

古橋康次郎

「古橋康次郎って知ってる?」


私がそう問いかけると、向かいに座る友人は「はぁ?」と聞き返した。


「知ってるも何も、クラスメイトでしょーが。」


友人がふいと窓際に目をやる。そこには、窓際の席で黙って1人で本を読んでいる男子生徒。彼こそが私が先ほど話題にあげた古橋康次郎その人である。


「で、どうしたの、急に。古橋の話なんてし始めて」

「いや、別に何となく。古橋くんてさ、何か変わってるなぁと思って。何者?」

「何者ってそりゃあ、ただの男子高校生でしょうよ、見ての通り。まぁ確かに個性が強いっていうか、変わり者ではあるよねぇ」


顔は悪くないんだけど、と友人が古橋を見る。端正な顔立ちに見合わない、真っ暗な目。窓際だから陽に照らされている筈なのに、光全てを吸収しているようだった。


「…目、真っ暗だよね」


ぽつり、と言った。
そーだね、と友人からは気のない返事。見れば携帯を弄っており、友人の中ではもう既に話題が変わってしまっているようだった。
…まぁ当然か。
わざわざクラスメイトの話なんてする方がおかしい。うん、そう思うことにしよう。
そう自己完結して、私も携帯をつける。
それ以上彼とは関わらない筈だった。







「……えっ」

「あの、お願いします!頼れるの先輩しかいなくて…あの、ほんとに!」

「でもこういうのって自分で渡さないと意味ないんじゃないかな…?」

「無理ですよ!無理無理!あの目に見詰められながら会話なんてできる訳ないです!」

「えっでももし了承して貰えたら付き合うんだよね…?」

「きゃあああ先輩ったら!!!」


やめてくださいよぉ!なんて言って手足をばたばたさせる目の前の後輩を眺めながら、これは駄目だと思った。恋は盲目とはよく言ったものだけれど、この子は話を聞かなすぎる。
でも何やら古橋くんに恋をしているらしいこの子は、クラスメイトである私を通じてプレゼントを渡して欲しいらしい(話を聞く限り想いを綴った告白メッセージ的なものも添えてあるのだろう)。
この子は部活の後輩であるので、仲がいい。まぁプレゼントを渡すだけだし…と彼女のお願いを聞いてあげることにした。
ありがとうございます!なんて言って走り去る彼女の後ろ姿を眺めながら、恋っていいなぁ、なんて考えた。おばさんか、私は。

古橋くんは、相変わらず本を読んでいた。
数日前友人と古橋くんの話題で話した時と同じ体制。相変わらず感情のない目。
すごく、すごく話しかけにくい。
あぁ、こんな面倒なこと引き受けなければよかったなぁ、なんて早くも後悔し始める。人から預かったプレゼントを渡すだけだ。なにも面倒な事ではないのだけれど。

ゆっくり、ゆっくり近付いていく。
私と古橋くんは、ほぼ会話をしたことがない。だからだろうか、余計に意識してしまう。
授業内でプリントを渡し合ったとか、それくらいしか関わった記憶がない。何故以前会話の話題に取り上げたのかも謎なくらいだ。
古橋くんとの数えられる程度しかない思い出(?)
を振り返りながら、彼の席に到着する。彼はやはり微動だにしない。


「あ、あの、古橋くん」


私が声をかけると、何の声も出さず私を見上げた。


「深夜か」


ぽつりと私の苗字を呼んだ。
あ、苗字、覚えててくれたんだ。


「あぁ。気持ち悪かったか?」

「えっ、あっ、いや、あれっ、口に出てた!?」

「あぁ」

「声に出したつもりなかったんだけど、あはは…」


沈黙。
古橋くんの真っ暗な目が、私を見つめる。思わず目を逸らす。
後輩ちゃんが言っていた言葉の意味が、何となく分かった気がした。


「あ、あのさ、これ」


これ以上の沈黙は耐えられない。
先ほど後輩に渡されたプレゼントをすかさず出す。
古橋くんの視線は、私の目から後輩のプレゼントへと移った。


「花宮に渡せばいいのか?」


プレゼントを見て古橋くんはそう言った。
「え?」
咄嗟に声がもれる。
確か古橋くんの言う「花宮」とは、たしか古橋くんと同じ部活の部長だかなんだかを務める男子生徒だった気がする。すごく頭が良くて優しくて気が利いて、ルックスも良くて運動もできる。そこまでハイスペックだと流石の私も風のうわさ程度には耳にするというものだ。
この反応を見ると、同じ部活である古橋くんを通じて花宮くんにプレゼントを渡す人が少なからずいるということだろう。


「あ、これは花宮くんじゃなくて古橋くんに」

「俺に?何でまた」

「えっ…そりゃあ古橋くんに渡したかったからじゃないかな…?」


何で、なんて聞かれても分からない。
曖昧な私の回答に、古橋くんは首を傾げる。


「じゃあ、後で聞いてみるよ」


伝言ゲームみたいだ。…どちらかというと、伝書鳩か。
そんなことを思いながら私が提案すると、古橋くんはまた私を見上げてプレゼントを手に取る。


「……これは、深夜のものじゃないのか。」


「…えっ、あ、うん!ごめん、言い忘れてた」


だから会話が噛み合わなかったのか。そう分かると色々と合点がいく。
ケアレスミス過ぎる。恥ずかしい。
がっくりと項垂れていると、古橋くんから声を掛けてきてくれた。


「礼を言っておいてくれ。」

「あ、うん。分かった。読書の邪魔してごめんね」


そう言って、席を離れようとする。すると、古橋くんは言った。


「楽しみにしている。」

「え?」

「深夜からのも、楽しみにしている」


何故私まで古橋くんにプレゼントをする流れになっているのだろうか。
何よりこのプレゼントは、私に預けてくれた後輩ちゃんの古橋くんへの想いが詰まっているものなわけで、私がプレゼントをする流れには行かないはずだ。


「このプレゼントは私に預けてくれた子の想いが詰まってるものなわけで、私がプレゼントをするのは、なんというか、」

「あぁ、分かってる。だから、楽しみにしている」

「え?いや、だから、あの」

「今度は預かり物じゃなくて、深夜から渡して貰えるよう努力するから。」


え?と、ほうけた声が出た。
まただ。
また、古橋くんが私の目を見つめている。
吸い込まれそうなくらい、真っ直ぐで真っ暗な目。
とうてい耐えられそうにない。
私は声を絞り出した。


「うん」


ただ一言。
これ以外、出てこなかった。
なんで肯定するようなこと言ったのよ、と頭の中では思うんだけれど、もう色々と混乱して何も考えられない。
恋っていいなぁ。
さっき考えた言葉が不意をついて出てくる。
もしかしたら、私が当事者?
それはまだ、分からない。
ただ取り敢えず、私はばたばたとその場を後にすべく古橋くんに手を振った。あぁ、もっとスマートに対応できる大人のオンナになってみたかったものだ。


「じゃ、じゃあまたね!古橋くん!」


「あぁ、また。」


ちゃっかり再会の約束なんかしちゃって、私ってばかだ。

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