小説 | ナノ

小堀浩志


とぼとぼと向かう3年の教室。
ときたま向かうそこには、いつもの窓際の席にいつもの彼が。
3年の小堀先輩だ。
とても頭が良くて、私はことある事に小堀先輩の元へ行き苦手な理系科目を教えて貰っている。


「噂をすれば何とやらだね!さっきまで小堀ときみの話をしてたんだよ」


私がクラスに入ると、そう言って気さくに話しかけてきたのは小堀先輩の友人森山先輩。
軟派っぽくて残念な人だけど、顔はかっこいいし本当は芯が強くて優しい先輩だ。
よく小堀先輩と話しているから、私も多少仲良くなった。


「余計なこと言わなくていいよ、森山。
…で、今日はどうしたの?物理?」


私が手に持つ教材をちらりと見て、小堀先輩がそう言った。


「はい、いつもすみません」


「あぁ、そんなこといいよ。俺にできる事ならしてあげたいし」


そう言って笑った小堀先輩は、どこが分からないの?と続けた。
後輩想いの優しい先輩。そりゃあバスケ部の後輩にも好かれる訳だ。
小堀先輩の周りにはいつも誰かがいる。それはきっと、先輩の性格故なんだろう。


「あ、えっと、ここなんですけど…」


私がそう言って物理のワークのページをめくると、「小堀くーん」と教室の外から声が聞こえた。あの人は、何度か見かけたことがある。確か保健委員長だ。
保健委員の小堀先輩に、何か伝達事項があるのだろう。
小堀先輩ががたりと席を立つ。


「ごめん、呼ばれちゃったから行ってくる。
こう見えて森山も理系得意だから、俺がいない間は森山に教えて貰うといいよ」


「こう見えては余計だぞ小堀!」


ごめんごめんなんて笑いながら、小堀先輩は教室の外へと出て行った。
森山先輩に促され、小堀先輩の席へ座る。
椅子を後ろに向け向かい合う森山先輩と私。
2人きりになるのはこれが初めてだった。


「あはは、零時ちゃんもしかして緊張してる?大丈夫だよ、俺緊張されるようなタイプじゃないし。
まぁ小堀を介してでしか話したことないから仕方ないかな」


頬杖をついて少し上目がちにこちらへ微笑む森山先輩は、とても綺麗だった。まぁこんなに顔が整っているのにモテない理由は、小堀先輩から散々聞いているのだけれど。


「す、すみません。私あまり男の人が得意じゃなくて」


「え、そうなの?小堀とは普通に話せてるから気にしたことなかったけど」


「小堀先輩は何というか、お母さんみたいで安心するので…」


「あはは、そっか。確かにね」


けらけらと笑いながら、長い指先でシャーペンをくるくる。
一通り笑い終えた後、息をはいて「小堀も可哀想だなぁ」と呟いた。
え、と声がもれる。


「小堀はきみのこと、女の子として見てるみたいだけどね?」


いたずらなウインクが落ちてくる。
えっと、と声を絞り出すと、森山先輩は私の持って来た物理のワークに目を通し始めた。
えっと、の続きが出て来なくて、黙って森山先輩を見つめる。
ごちゃごちゃと並ぶ文字列を目で追った後、ペン回しを止めてワークをこちらへ向けた。


「分からないのってここの問2だよね?」


「あ、はい」


「俺はもう少し零時ちゃんと駄弁ってたいんだけど、零時ちゃんは物理を教えてもらうために来たんだもんね。小堀じゃなくて悪いけど、この森山由孝、精一杯尽くさせて頂きます」


私のお願いします、と言う返事と共に、森山先輩の解説が始まった。
小堀先輩とはまた違う雰囲気で、とても賑やかな解説だった。それでもしっかり要点はまとめられていて、改めて森山先輩はへらへらしているだけの人ではないのだと再認識する。
…しかし森山先輩の解説の最中、ずっと頭の片隅にあったのはあの言葉。

『小堀はきみのこと、女の子として見てるみたいだけどね?』

森山先輩のウインクがフラッシュバックする。
きっとただからかっただけなのだろうけれど、無理矢理にでもポジティブに捉えようとする私の脳内。まったくおめでたい人間だ。


「…どう?俺の説明でも分かったかな」


一通り説明を終えた森山先輩が、シャーペンを置いてこちらを見る。


「はい、すごく分かりやすかったです!森山先輩、教えるのお上手なんですね!」


「えっほんと?あんまりこういうことした事なかったから不安だったんだけど…お世辞でも嬉しいな!」


「全然お世辞なんかじゃないです。森山先輩ってすごいんですね」


「はは、嬉しいこと言ってくれるなぁ。そんな可愛い子には、いいこと教えてあげちゃおっかな」


にひひと笑う森山先輩は、まるで悪巧みをする子どもみたいだった。
切れ長の目をもっと細めて、森山先輩は私に顔を近付ける。何やらないしょの話があるみたいだ。


「…さっき小堀と零時ちゃんの話してたって言ってたでしょ?その時ね、小堀、きみに頼って貰えるのが何より嬉しいって言ってたよ。他にも教えられる人なんて沢山いるのに、その中で自分を選んでくれてることが嬉しいって」


「本当ですか…!?」


「あっ、俺が少しいない間に何してるんだよ、森山!」


声のする方を見ると、教室に入ってきた小堀先輩の姿。
じゃ、頑張ってね。なんて言いながら、森山先輩が立ち上がる。私は呆然とその姿を眺めていた。


「俺もそう言えば呼ばれてたんだわ、行ってくるね」


そう言って教室から出て行く森山先輩。本人は気をきかせているのであろう元気なウインクを一つ。
続いて私もそそくさと席を立つ。


「あれ、もう行っちゃうの?」


「あ、はい。分からない所は森山先輩に全部教えて頂いたので」


「そっか、残念だな。森山にいいとこ全部持ってかれちゃったみたいだ」


うーん、なんて呟きながら、小堀先輩は頭を掻いた。


「もし零時ちゃんが嫌じゃなかったらさ、勉強以外でも会いに来てよ。折角零時ちゃんに会える機会だったのに、森山に全部とられちゃったから」


どうかな?と笑う小堀先輩の姿はなんだかきらきらしていて、あぁ、これが俗に言う欲目というやつなのだろうかと思った。


「ぜ、是非、よろこんで…!」

不意をついてもれた本音に、混乱して目がちかちかする。顔が燃えるように熱くて、頭が痛いくらいだ。
これが恋と言うやつか。
既視感のある感情の名前を見つけると、余計に顔の温度が上がった気がした。
もう小堀先輩と目を合わせられない。

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