小説 | ナノ

中谷仁亮



「中谷せんせー中谷せんせー…」


秀徳高校一年である私は、只今中谷仁亮先生を探して徘徊中。
授業で分らない所があると、たまにこうして聞きに行く。
いつもは授業直後に聞きに行くので、今日のように放課後に聞きに行く事などなかった。
なので放課後に先生のいそうな所なんて、職員室や準備室くらいしか見当たらない訳だ。
だが悲しい事に今日は忙しく、授業直後に聞くことが出来なかった。


「先生、部活の顧問とかやってたっけなぁ…」


そう考え、音楽室等部活動が行われている教室を回る。
体育館を通り掛かった所、館内からキュ、キュ、と言うような靴と床が擦れる音が聞こえる。


「そう言えば、まだ体育館は調べてなかったなぁ」


先生のいつもの雰囲気から、あまり運動部のイメージはなかったのだ。
まぁ顧問ってイメージとか関係なかったりするんだろうけど。

そう思いつつ、こっそりと体育館の中を覗いてみる。
中では、バスケ部が練習を行っていた。
個人個人に合ったメニューを行っているのだろうか、時々周りとは違う事をしている部員もいる。
そんな部員を奥で見守っているのは……


「中谷先生!」


つい驚いて、声を出してしまった。
すると近くで練習をしていた男子が、私に気付いて此方へやって来た。


「どしたの?
監督に用事ー?」


監督…どうやら、中谷先生の事のようだ。
だが今は部活中のようだし、先生も取り込んでいるようだ。
勉強を教えて欲しいなんて言い出せる雰囲気じゃない。


「いえ、大丈夫ですから…」


「気にしないでいーから、ね!」


そう言って、半ば無理矢理先生の元へ連れて行かれる。
きっと彼も少しの間でいいから、部活を、サボりたかったんだろう。
…帰宅部の私の、勝手な想像でしかないんだけれども。


「どうしたんだ、深夜。
私は見ての通り、仕事中なのだが」


眠そうに瞬きして、先生は此方へ目を向ける。
どうしようか。
今ここで、先生に会いに来た理由を言うか。
それとも、手違いだと言って逃げてしまうか。


「…え、えっと…」


「特に用がないのなら、バスケ部の練習を見て行くといい。
レギュラーの奴等なんか、練習でも凄い存在感だぞー。
ほら、緑間が今から3Pを打つぞ」


返答に迷っていると、先生が部活の見学を提案してくれた。
先生の隣のベンチに腰掛けて、先生の指さす方を見る。
そこには、緑髪で眼鏡の長身の人が、バスケットボールを投げようとしている所だった。
あれが3Pと言うらしい。
言われてみれば、保体で習ったことがあるような気もする。

そして彼の放ったボールは、寸分の狂いもなくゴールへと吸い込まれた。
…そう、吸い込まれたのだ。


「わぁ、凄い…!」


「そうだろう?
緑間は凄い。
だがね、他の部員達も負けてない。
見てみろ、彼奴なんか…」


部員一人一人の良さを語る先生は、まるでいつもの先生とは違かった。
夏休みを前にした子供のようにきらきらした目をして、これからの事に希望を抱いているようだった。


「先生、何だか幸せそうですよ」


「ふむ……幸せ、か。
確かに、そうかもしれないなぁ。
私は今、とても幸せなのかもしれない」


そんな先生の横顔を見ていると、勉強を教えて欲しい、なんてやっぱり言い出せそうになかった。


prev / next

[ back to top ]