席替え記念日。





「あ、あの、山崎くん…」


おずおずと、一人の男子に近付く。
彼の名は、山崎弘。
身長は180越えで、ビビリな私を恐がらせるにはもってこいな人だ。
無論私が恐がっているのはその身長だけではなく、鋭い目付きやワックスで固めたと思われる髪型(単に癖っ毛なだけかもしれないが)彼を取り巻く人の不穏な噂…その他色々な理由がある。
そんな彼にどうして私が話しかけているかと言うと、私が図書委員だからである。
何やら彼の借りた本が貸出期間をとうに過ぎているらしく、彼のクラスの図書委員である私が催促しに来た、と…つまりはそういう事なのだ。


「あ?」


私の声が聞こえたらしく、山崎くんは此方をちらりと見る。
鋭い目に射止められて、ひっ、と私は声を上げる。
ごめんなさいごめんなさい。
呪文のように心の中で唱え続けて、山崎くんの顔をちらりと伺った。
山崎くんが、案の定此方を見ている。
恐い。
足ががくがく震えて、鼻がつんとした。
勿論、山崎くんは何もしていない。
私が勝手に泣いているだけで……あぁ、駄目だ、駄目だ!
此処で泣いちゃ、山崎くんに迷惑がかかっちゃう。嫌われちゃう。
周りの人に見られたら、泣き虫だ、って苛められてしまうかも。
そうは思っても、溢れる涙を止める術は見つからなくて。
ぼやけた視界じゃあ、山崎くんを捉える事も出来やしなかった。


「…お、おい。
どうしたんだよ、俺、何かしちまったか」


その声に顔を上げると、山崎くんが自分のカーディガンで私の涙を拭いてくれた。
汚れちゃうよ。
そう言おうとしたけれど、言葉が出てこない。


「ち、違う、の。
ごめ、なさ…」


途切れ途切れに絞り出す言葉は、無意味な物ばかりで。
本のこと、山崎くんに伝えなきゃ。
私の勇気も、山崎くんの優しさも、全部無駄になってしまう前に。


「ごめん、ごめんな。
俺、そんなに恐かったか?
ほら、もう喋らなくて良いからよ、泣き止めって、な?」


ごめん、ごめん、と謝る山崎くん。
ごめんね、悪いのは私で、謝らなければいけないのは私なのに。
山崎くんは謝らなくたって良いのに。
目の前の人が何やら恐くて涙が溢れて、それなのに何だか心が暖かくて、どうしようもなくなってまた涙が溢れる。
あぁもう、どうしよう。
溢れる涙はいつまで経っても止まらなくて、本の貸し出しについては伝えられずじまいのまま。
後から聞いた話だと、もう一人の図書委員の人が山崎くんに伝えてくれたらしい。
仕事もろくに出来ない図書委員でごめんなさい、ちょっと自虐的な気持ちになりながら、心の中で謝罪を入れた。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



「う、嘘でしょ…」


それから約一週間、山崎くんとは何の関わりもなかった。
私は委員会の仕事があったし、彼には部活があったからだ。
それなのに今日、再び関わりが出来てしまった。
席替えである。
隣の席に腰掛けた山崎くんは、私の方を見て、にっ、と笑った。


「お、深夜じゃん。
これから宜しくな」


「あ、う、うん。
宜しく…」


声が震えて、何ともぶっきらぼうな言い方になってしまった。
だって、山崎くんには私の嫌な所ばかり見られてしまった。
すぐ泣く女だ、って鬱陶しがられたらどうしよう。馬鹿にされたらどうしよう。
マイナスな事しか浮かばなくて、また鼻がつんとした。
目をぎゅっと瞑って、深呼吸。
私は山崎くんの隣の席、私の新たな席に座った。
平気、平気。
そう自分に言い聞かせて。


「それでは授業を始めまーす」


その後少しして、席替え後初めての授業が開始した。
今は日本史の授業なのだが、この先生は話すのに夢中になり生徒の事をあまり見ない人だ。
こっそり居眠りしてもバレないだろう、と思いお昼寝計画を立てていると(まぁびびりな私はいつも未遂で終わるのだが)、隣から声が聞こえた。
山崎くんの声だ。


「なぁ、深夜」


机を軽くとんとん、と叩かれた。
彼の方を見ると、頬杖を付いて此方を見ている。
彼が私を見ている、と思うと、また恐くなって手足が震えだした。
そんな中、目が合った手前無視も出来ず声を絞り出す。


「え、ぇと、なに…」


「あー、そんな恐がんなくていいからな。
別に深夜が泣き出したこと、気にしてる訳じゃねぇから。
…あれ、この言い方だと逆効果か…?」


私に話し掛けていた筈なのに、何やら一人で唸っている山崎くん。
色々と考えた末に結論が出たようで、此方を向き直った。
私の身体が再びびくりと震えた。


「まぁ何だ、その、恐がらせちまって悪かった。
言い訳はしねぇから、俺のこと嫌いになんねぇで欲しい」


言い終わると、ぷいと外方を向いてしまった。
私がそんな彼を見つめていると、何やら居心地が悪そうに『今はこっち向くな』と怒られてしまった。
でも何だか山崎くんが恐くなくなって、怒られた筈なのに笑顔になった。
心がぽかぽかすると言うか、180越えを相手にして言うのも可笑しな話だが、何だか山崎くんが可愛いと思ってしまった。
人生初の、席替えに感謝する日が来ようとは…今日は記念日だなぁ、なんてふざけた事を考えながら、日本史の教科書に目を移した。








席替え記念日。






チーさまリクエストの、『泣き虫図書委員の主人公が山崎と席替えネタで甘』でした。
チーさま、素敵なお題を有難う御座います。今回詳しく指定して戴いたお陰でとてもイメージが浮かびやすく、小説もすらすら書けました。
その割には甘くなくてすみません。笑
気に入って戴けたなら幸いです。
リクエスト有難う御座いました。

prev/back/next