30

『高慢鼻柱』『小事大事』など、微妙なチョイスの漢字が書かれた掛け軸の並ぶ廊下を足早に通り抜けていくリイに、すれ違う忍達は何事かと立ち止まり、その背を不思議そうな顔で振り返った。
白いマフラーを靡かせながら美しく整えられた眉を寄せ、目元を険しくさせたリイが、ふと扉の前でピタリと足を止める。その右手には、くしゃくしゃになり、くったりと元気を無くした一枚の紙が握りしめられていた。

すう、と息を吸い込み、リイは意を決したように扉に手を掛けると、それを一気に開け放つ。


「―――失礼します」


よく通る声が室内に響き渡る。
一泊遅れて音を立てながら壁にぶつかった扉を乱暴に後ろ手で閉め、リイはそのままずかずかと室内に踏み込む。
窓を背に据えられた机から丁度三十センチ程の距離を取って立ち止まったリイは、右手に握っていた紙を勢いよく机に叩き付けると、目の前に座る人物にずいっと顔を近づけた。

「火影様、これは一体どういう事なのでしょうか?」

仰々しい文面―――要約すれば、ロック・リイの暗部入りを命ずる、と書かれた任命書を、眼前に座る火影、猿飛ヒルゼンから目を逸らさないまま指で押しやり、更に詰め寄る。鼻と鼻がぶつかるまであと十センチもない。
木ノ葉一の美少女と名高いリイの整った顔を、睫毛の一本一本まで数えられそうな程近づけられたヒルゼンは、動揺を隠せない様子で、叩きつけられた紙と、その黒曜石のような瞳との間で視線を彷徨わせながら、「ロック・リイよ。怪我は完治したようじゃの」と僅かに上ずった声で呟き顔を逸らした。
火影と言えど美少女のドアップには耐えられないのか。流石はムッツリと名高いだけの事はある。リイはナルトのお色気の術で鼻血を噴いたヒルゼンを思い出し、思わず冷たい目になった。

「予選の結果は残念じゃったな」

リイの冷めた目線に気付いた火影はコホン、と一つ空咳をし、表情を真剣なものへと戻す。

「…火影様、私は世間話をしに来たのではありません。私が何を聞きたいのか、分かっておられるのでしょう」

リイは眉間の皺を更に深くさせ、苛立たしげに机を指で叩きながら、視線を逸らしたヒルゼンを睨んだ。
あくまで食って掛かるような姿勢を変えないリイに小さく溜息を吐いたヒルゼンは、「まあ落ち着かんか」とリイを宥めながらゆっくりと腰を上げる。
緩やかに雲の流れる窓の外を見上げ、背を向けたヒルゼンに、リイは眉根を寄せたまま口元を歪ませた。

「私のアカデミーでの成績や、下忍になってからの能力など、火影様はすべて把握なさっておられますよね?それに、今回の予選も間近で観戦しておられましたし、今更私が改めて言うまでもなく理解されているとは思いますが…」

「お前は忍術が使えん。確かに抜きん出た体術スキルを持つが、忍として致命的な弱点を抱えたお前をなぜワシが暗部に推したのか、それを聞きたいのだろう」

暗部―――正式名称、『暗殺戦術特殊部隊』。火影直轄の組織で、上・中・下忍の中の選りすぐりの忍で構成されている、いわば忍の中のエリート部隊だ。その肩書きに違わず、所属する忍は皆一流の腕を持つものばかりで、当たり前だが『忍術が使えない暗部』など聞いたことがない。
ふと空から視線を外し、振り返ったヒルゼンは、後ろ手を組んで軽く目を伏せた。

「この情報は中忍以上の者には通達してあるが、この度の中忍試験―――二次試験中に、大蛇丸がうちはサスケと接触した」

リイの肩がぴくりと動く。
大蛇丸の件は、本来であれば無用な混乱を招く事を防ぐため、下忍には知らされる事のない情報であった筈だ。リイは前もって本で読んだ知識があった為、そこまで驚く事もなく冷静なままだったが、これが他の下忍であればそうはいかない。事実、確か原作の中では七班のメンバー以外は、試験中に大蛇丸の存在を明かされることは無かった。
訝しげな表情を浮かべるリイに、ヒルゼンは「更に、この情報は本来上忍以上にしか知らされておらんが…」と言葉を続ける。

「お前が眠っている間の話になるが…、先日中忍試験受験者の音の下忍が一人、それから木ノ葉の特別上忍―――予選の試験官を務めていた月光ハヤテが何者かに殺害された」

苦々しい表情を浮かべたヒルゼンに、リイは僅かに目を見開く。月光ハヤテの死。やったのは、砂の忍だったか。上忍以上にしか知らされていない機密情報―――そんなものをなぜ、一介の下忍でしかないリイに話したのか。
困惑を隠せない様子のリイに、ヒルゼンは真剣な目をして向き合った。

「今木ノ葉の里は、かつてない警戒態勢にある。大蛇丸に音のスパイ…、同盟国の忍が一堂に会するこの中忍試験を狙ったとしか思えないタイミング…。考えたくもないが、同盟国が大蛇丸と手を組む可能性も捨てきれん」

遠回しに戦争の可能性を示唆され、リイは息を飲んだ。
ヒルゼンは椅子に腰かけると、机に両肘をつき、口元で指を組む。

「既に各国へ情報収集の為に暗部を走らせてある。…いや、暗部だけではない。お前の担当上忍であるガイを含め、里中の忍達がその為の任務で殆ど出払っている状態だ」

―――Sランクの長期任務。成程、このところ高ランクの任務ばかりが立て続けに入っていたのには、そういう理由があった訳か。
リイは暫くの間顔を合わせていないガイの姿を思い浮かべ、小さく嘆息した。

(…話が見えてきた)

「暗部と言えど、人を選んではいられないという訳ですか」

深刻な人手不足。各国に暗部を派遣した上に、里の警備に力を入れれば、当然そうなる。そもそも、暗部は少数精鋭で構成される部隊だ。元々少ない人材が各国への諜報の為に出払っている状況ともなれば、現在直接動かせる暗部の残存戦力は如何程のものか。正しく猫の手も借りたい、といった状況だ。
忍術が使えないという点に目を瞑れば、単純な戦闘能力だけなら上忍と比べても遜色ない実力を持つリイを使わない手はない。

―――要は、穴埋めだ。

「実力は十分に予選で見させてもらった。お前が戦った砂の我愛羅は少し特殊な存在でな。人柱力相手にあそこまで戦える者は、上忍の中にもそうそうおらん。即戦力としての戦闘力は十分に合格点…。以上を踏まえて、今年の下忍枠からはお前を推薦させてもらった」

ヒルゼンの言葉に、リイ思わず下唇を噛んだ。
自分が暗部に選ばれた理由について、理解はした。だが理解と納得は別物だ。

「お話は分かりました。ですが―――やはり納得できません。ご存知の通り、私は忍術を使う事が出来ません。そんな私が暗部に入った所で、火影様のご期待に添えるとは到底思えませんが…」

「火影様の期待に添えるかどうかなんて、君が考える事じゃない。君はただ、与えられた任務をこなせばいいだけだ」

音もなく、背後に現れた気配。
ハッとして振り返ったリイの後ろには、猫を模した模様の面を着けた暗部が立っていた。―――リイの病室に、火影からの書状を持ってきた、あの暗部だ。
先日の一件であまり暗部に良いイメージの無いリイの表情が僅かに歪む。
男はそんなリイの様子に構わず、無言のまま足を踏み出すと、むっとした顔で黙り込んだリイの隣に並んだ。
二人の姿を見てうむ、と頷いたヒルゼンがリイに向き直る。その口から飛び出た次の言葉に、リイは今度こそ目を剥いた。


「―――ロック・リイよ、お前にはこれからこのテンゾウと組んで任務に就いてもらう」


(―――っテンゾウ!?)

思いもよらない名前が出た事で、リイは動揺しながら隣に立つテンゾウを勢いよく振り返った。

「そういう訳だから、これからよろしくね」

仮面によって表情が見えないテンゾウの淡々とした言葉に、リイは返事をする事も出来ず固まる。
まったく予想していない展開だった。テンゾウといえば後のヤマト、主人公組と暫くの間行動を共にする木遁の使い手である。まさかそんな人物とツーマンセルを組む事になろうとは。
そこまで考えて、リイは慌てて首を振った。まずい、流されている。

「っ、待ってください!私はまだ暗部の件を了承してはいません!」

「前にも言ったけど、君に拒否権は無いよ。これはもう、決定事項だ」

身を乗り出したリイを制するテンゾウの言葉に、リイは思い切り顔を顰めた。流石、あのいけ好かないはたけカカシの後輩だっただけはある。こいつ嫌いなタイプだ、と判断したリイの口から小さく舌打ちが漏れる。

「あなたには聞いていません。ちょっと黙っていてもらえませんか」

忌々しそうに歯を剥き出しにしたリイは、つま先立ちをしてテンゾウの仮面にぐっと顔を近づけ、睨みつけた。唐突に視界いっぱいに美少女の顔が迫った事で、流石のテンゾウも思わずたじろぐ。
フンとそっぽを向いたリイは、口を噤んだテンゾウから離れると、再びヒルゼンに詰め寄った。

「嫌ですよ暗部なんて。私は第三班が気に入ってるんです。暗部なんて入ったら―――ガイ先生と一緒に居られる時間が少なくなるじゃないですか」

「問題はそこか」

隠す事もなくぶちまけられたリイの本音に、ヒルゼンは呆れて目を半目にした。火影直々の命令を、まさかそんな理由で拒否するとは。
しかし、リイがここまで頑なに暗部入りを拒否するのにはもちろん別の理由もあった。忍同士の戦闘になった時、忍術を使う事ができないリイは圧倒的に不利だ。通常任務に就く忍に比べ、同じ忍者相手に戦う事が多い暗部になどなったら、対抗する手段をほとんど持たないリイはすぐに死んでしまう。
リイの訴えに、ヒルゼンは短くため息を吐いた。

「…そこは心配ない。テンゾウは暗部の中でも有数の実力を持つベテランじゃ。その点ではキチンとお前をフォローする。第三班の任務の件も、なるべくそちらを優先させられるよう取り図ろう。それでいいな?」

やれやれ、と言った様子でリイを見るヒルゼンに、リイは口をきゅっと結んで鼻に皺を寄せる。
何もよくない。己の立場を勝手な都合で変えられる点も我慢ならなかったが、それ以上に、もっと抗議をしたい点がリイにはあった。


「暗部の服はダサいので嫌です」


神妙な表情を浮かべながら、戸惑う事なくそう言い切ったリイに、思わずヒルゼンは白目を剥いた。全身緑タイツに白のロングマフラーという出で立ちを一年通すお前がそれを言うか!?
ヒルゼンは咄嗟に喉まで出掛った言葉を何とか飲み込んだ。ヒルゼンは火影だ。たかだか下忍の戯言に冷静さを失い、声を荒げる事など、里の頂点に立ち、そこに住まう人々の全てを背負う者としてあってはならない。
ものすごく突っ込みたいのをギリギリで我慢したヒルゼンがふとリイの隣に立つテンゾウに目を向ければ、仮面越しにも額に青筋を浮かべているのが分かった。今まさに暗部の装束を纏っている人間として、緑の全身タイツにダサい呼ばわりされれば怒りたくもなるだろう。無理もない、とヒルゼンはテンゾウに同情したが、それを口にする事はなかった。
ともかく、このままこの二人の関係が悪化すれば今後の任務に支障を来す。それを回避する為には、早くこの不毛な会話を切り上げる必要があった。

「―――ともかく!お前の暗部入りはもう決定事項じゃ!任務の詳しい内容は追って連絡する。テンゾウよ、今日の内にリイに必要なものを渡して説明を済ませておけ」

このままでは埒が明かない、と判断したヒルゼンは、バン、と机を叩くと、不満げなリイを目で黙らせて強制的に話を終わらせた。木ノ葉の忍としてこの組織に籍を置く以上、流石のリイも、火影に断言されればこれ以上文句を言う事はできない。
―――火影の命令は、絶対だ。これは木ノ葉の里のすべての忍に叩き込まれた絶対のルールであり、忍である以上遵守しなければならない掟だ。
リイは一つ舌打ちをすると、ぎり、と歯噛みした。
最初から断るという選択肢などなかったのだ。いや、選択肢がなかったというよりは、初めから決まっていたと言った方が正しいか。
それでも、抗議をせずにはいられなかった。ただ流されるだけというのは、どうにもリイの性に合わなかったのだ。

「じゃあ、行こうか」

話はこれで終わりだと判断したテンゾウが、すっとヒルゼンに背を向ける。スタスタと扉まで向かうテンゾウを追うように同じく踵を返したリイを、不意にヒルゼンが呼び止める。

「リイよ、お前が任務に就くことが、この里の―――お前の大切な師や仲間達を守ることに繋がるのじゃ。分かるな?」

ヒルゼンの言葉に足を止めたリイは、首を動かして目線だけで振り返った。
そんな事は、言われるまでもなく十分に承知している。短い「是」の返事に頷くヒルゼンから顔を背けたリイは、少しだけ目を閉じて、仲間達の顔を思い浮かべた。

リイはそっと瞼を持ち上げ、真っ直ぐ射抜くように火影を見据える。

―――答えなんて、最初から決まっていた。




*




「いいかい、僕らの任務は『砂の我愛羅』の監視だ。詳しい内容は後で火影様から正式に通達されると思うけど、簡単な説明くらいはしておくよ」

―――砂の我愛羅。風の国の兵器として、砂隠れの里に伝わる尾獣、守鶴を憑依させられた人柱力。
リイは原作知識として、その全貌について知ってはいたものの、それはリイ達のような下忍が知っているべきではない情報だという事も重々に承知していた為、テンゾウからされる説明を大人しく聞いていた。
しかしこうして客観的な意見を聞くと、なかなか考えさせられる部分がある。説明を聞く限りでは、我愛羅はまるっきり化物扱いだ。それも、トリプルA級の。かくいうリイも、漫画を読んだ時は『我愛羅ちょっと危ないキャラっぽいけどそういう設定ならかわいそう』とどこか同情的な感想を抱いていたが、実際向かい合ってみて認識を改めたものだ。今の我愛羅に同情なんてしていたら即殺される。あれは間違いなく、とんでもないバケモノだ。

「―――そういう事だから、我愛羅に対する有効な戦力だと判断された君と、血継限界である木遁忍術を使い、対人柱力用の封印術を持つ僕が組み、彼の監視に当たることになった訳だ。つまり、君の主な役割は、有事における僕のサポート。術の発動には隙や時間が必要な場合があるから、そういう面での働きを期待しているよ」

肩を叩かれ、リイはあまり浮かない顔で「ハイ」と小さく返事をする。暗部一の使い手と言われているテンゾウが、それでも一人では対処する事が難しいと判断された我愛羅。正直、もう一度真正面から向き合う事があったとして、無事でいられる保証はない。
試験の時は、周囲に多くの上・中忍や、火影が居たからこそ、リイは安心して全力を出して戦う事ができた。もしリイが途中でダウンし、自分では回避行動を取る事ができない状態になったとしても、棄権さえすればガイやその他の忍が助けてくれる可能性があるからだ。ヒナタがそうであったように。しかし、実戦はそうはいかない。

戦闘不能、イコール死だ。

「これ、渡しておくから」とどこからともなく取り出され、手渡された箱と、入りきらなかったのかその上にちょこんと置かれた直刀が、リイの両腕にずっしりとした重みを訴えかけてくる。恐らく中身は暗部の装束と仮面だろう。とうに腹は決めていたが、更に退路を塞がれたかのような感覚に、思わずリイの眉尻が下がった。

「じゃ、また正式な任務が下された時に」

言うや否や、テンゾウは身を翻して姿を消した。
残されたリイは、荷物を抱えたままそっと空を見上げ、深々と溜息をつく。
長く退屈な入院生活からやっと解放されたというのに、この先の事を考えるととてつもなく憂鬱な気分だ。
病室に缶詰で半月以上ガイに会えていないというのに、この仕打ち。
まったく、なぜ自分はいつもいつもこうやって貧乏くじを引かされるのだろうか。青い空を悠々と飛び回る名も分からない鳥たちがとても羨ましい。いいなあ奴らは自由で。
かっくりと肩を落としたリイは、このままここに突っ立っていても仕方がない、と思い直すと、そのままとぼとぼと自宅に向かって歩き出した。




*




「遅いわよリイ!今日が退院だっていうから病院に行ったらもうもぬけの殻だし、折角家まで来たのに帰ってきてないし、どれだけ待ったと思ってるのよ!」

辿り着いた自宅の前には、ぷっくりと頬を膨らませたテンテンが大きなゲージを抱えて座り込んでいた。
リイの姿を認めるなり、すっくと立ち上がってつかつかと歩み寄ってきたテンテンに、ずいっとそのゲージを近づけられ、リイは思わず後ずさる。抱える大荷物が邪魔で中身はよく見えない。

「もう!リイが入院してる間、私とネジで面倒見てたけど、大変だったんだから!特にネジには隙あらば体当たりをかまそうとするし!」

「キィ」

首を動かして中を覗き込んだリイの視線の先で、もふもふとした尻尾を持つ動物が起き上がる。きょろきょろと動く黒い瞳がゲージ越しにリイの姿を見つけ、きらりと光った。
「テト!」思わず叫び、リイは持っていた荷物をどさりと地面に落として手早くゲージを開く。
即座に伸ばされた手を駆けあがったリスは、リイの首周りをチョコチョコと走り回ると、やがてその肩で動きを止め、尻尾を首筋に添わせた。約一月ぶりの触れ合いだ。すりすりと頬擦りをする姿が愛らしい。

「何ニヤついてんのよ。まったく…」

呆れたような顔で脱力するテンテンに、リイは「テンテン、テトのお世話をありがとうございました」と微笑んだ。リイが入院しているは間、自力で面倒を見る事ができなかった為、リスの世話をテンテンに頼んでいたのだ。
しかし、言われてみればリイはリスに与えていた『ネジへの体当たり』の命令を解除し忘れていた。このリスの体当たりは、リイが特殊な教え方をしたお蔭でまともに当たればかなりのダメージを伴う。…今度ネジに会ったら謝っておこう。

「…ところで、さっきから気になってたんだけど、その大荷物は何なの?刀まで持ってるし、なんかリイらしくないわ」

テンテンが足元の荷物を指して首をかしげる。いつも拳一貫で戦い、刃物系の武器を殆ど使う事の無い戦闘スタイルを貫いているリイが刀を持っている事に困惑を隠せないらしい。リイは頷くと、リスを肩に乗せ直し、刀をのけて箱のフタを開けた。

「ああ、これですか。別に私が使うつもりでこれを持ってきた訳ではありませんよ。半ば強制的に持たされたものといいますか…」

ごそごそと中身を探り、目当てのものを掴む。
一瞬だけ目を伏せたリイは、その体制のままテンテンを振り返り、おもむろに口を開いた。

「班員であるあなた方にはいずれ正式な連絡があるとは思いますが―――…。実は私、暗部入りすることになりまして」

すっと箱の中から抜き取った仮面。オオカミを模した耳と鼻、そして目元に引かれた赤い隈取が特徴的なその面を、リイはそっと顔に当てる。丁度目の位置あたり、穴があけられたその場所から、目の前のテンテンが驚きに口をぱかっと開けるところを見届けて、リイは苦笑した。

「…ちょっちょっ、ちょっ、と待って、え?暗部?…リイが?冗談でしょ!?」

唐突な事に言葉を失うテンテンに、「ええ。実は自分が一番びっくりしていますよ。なんでも人が足りないらしくて…」と肩を竦めてみせる。
まさか中忍試験で無残に敗北した人間が、暗部入りするだなんて誰も思わないだろう。まして、リイは忍術が使えない。テンテンが驚愕するのも当然のことだった。

「暗部だなんて、大丈夫なのリイ!?それにネジ達は、この事…」

がしっと肩を掴まれて、正面から顔を覗き込まれる。顔に当てていた面を外したリイは、少し困ったような表情を浮かべて言いにくそうに口を開いた。

「ガイ先生…は担当上忍ですから、もう把握済みでしょうけど、ネジは恐らく、まだこの事を知りません。ただ、三次試験も控えてますし、余計な心配をさせるようなことはしたくありませんので…、テンテンさえよければ、ネジには試験が終わるまで私の事は黙っておいて頂けますか…?」

心配そうな表情のままのテンテンに向き合い、リイは胸の前で指を組む。
これから与えられる任務は、平時であればAランク以上の難易度となる高ランク任務だ。いくらリイの力がずば抜けていると言っても、流石に下忍にいきなりAランクは荷が重い。それに、ネジはああ見えて心配性なタイプだし、試験を控えている以上、言わなくて済む事なら黙っていた方がいいだろう。幸い、試験が終わるまでは第三班に任務が入る予定は無い。リイが居なくても、班に支障はない筈だ。

「まあ、そんなに心配しないで下さい。どうやら火影様も、いろいろ考えた上で私とツーマンセルを組む方は暗部の中でも指折りの実力者にして下さったようなので。まったく問題なしと言えば嘘になりますが、…大丈夫でしょう」

「本当に…?でもリイは、よく無茶するから心配だなあ…」

テンテンの手が肩から外れ、リイは肩を竦めた。
不安なのはリイも同じだ。だが、もう決まったことを悩んでも仕方がない。今のリイに出来る事は、最善を尽くす事、ただそれだけだ。

「―――なるようになりますよ。たぶんね」


小さく漏れたその呟きは、まるで自分に言い聞かせる様な言葉だった。







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