27

目が覚めたリイの視界に一番最初に映ったのは、真っ白な天井だった。
病院。自分が今どんな状態であるのか察したリイは、瞳だけを動かして病室の中を見回す。ふと、人の気配に気付いて、リイは視点を一か所に定めた。

「…ネジ?」

リイのベッドの隣に置いてある椅子には、ネジが座っていた。その後ろにある窓から吹き込んだ柔らかな風に、ネジの長い髪が揺れる。
腕を組んだまま船を漕ぐネジの姿に、リイは少しだけ驚いて瞬きをした。もしかして、見舞いに来てくれたのだろうか。
咄嗟に起き上がろうとするが、リイの体は意志に反してピクリとも動かない。思わずうめき声を漏らしたリイに、パチッとネジの目が開いた。

「…リイ!目が覚めたのか」

驚いたような顔でリイを見るネジが、慌てて動こうとするリイの肩を抑える。

「馬鹿、無理をするな!二週間も寝込んでいたんだぞ。まだチャクラも戻っていないのに、そんなに急に体が動くか!」

ついでに言うなら三日前まで人工呼吸器がついていた、と眉を顰めるネジに、リイは苦笑いをした。
無理をした自覚はあったが、今回は少しやりすぎてしまったらしい。八門遁甲の門を開く修行をする際、こうしてチャクラ切れを起こし寝込むことは今までに数度あったが、今回のそれは修行時のものとは訳が違う。
激しい戦闘によって骨折した骨と断裂した筋肉の治療だけでも、医療班はかなり苦戦しただろうな、とリイは心の中で自分を治療してくれた医療班に謝った。流石に高度な医療忍術を誇る木ノ葉の医療班に治療されただけあって、動く事こそできないが、体のどこにも痛みは残っていない。まったく、医療忍者様様だ、と度々病院の世話になるリイは独り言ちる。

「それにしても、目が覚めて一番に見る顔がネジの顔だとは思いませんでしたよ」

「ガイは任務だ。テンテンはお前のリスの面倒を見る為の所用で出てる。…なんだ、不満か?」

「いいえ、まさか。ただ、本戦が控えているのに、こんな所で油を売っていていいんですか?」

不服そうな顔をしたネジが「修行の休憩ついでにリイの見舞いに行って来いとテンテンに言われただけだ」と腕を組む。
ついでという割には、その傍らに新しい果物籠とナイフがセットで置かれていて、リイはおかしそうに微笑んだ。「その割に、しっかりお見舞いの準備をしてきたんですね」と呟けば、ネジの顔にサッと赤みが差す。

「…これも、ついでに置いて来いとテンテンに渡されただけだ!!」

「ナイフに日向の家紋入ってますよ」

「…どうせお前はまだ起きないだろうと思って、自分で食べる為だ!」

ネジは照れ隠しなのか、指摘されたナイフを掴むと、果物籠に手を突っ込んで林檎を取り出した。
目にも留まらぬ早さでしゃりしゃりと皮を剥いたネジが、皿の上で林檎を八等分に切り分け、そのうちの一つを自分の口に放り込む。

「お前はまだ食うなよ。一週間も寝てたんだ、起きてそうそう固形物は食えん」

「その為にわざわざ持って来たんですか、そのおろし金」

果物籠の中には、ナイフと一緒におろし金が突っ込んであった。
恐らくは、しばらくは固形物を食べる事ができないリイの為に、テンテンあたりが準備してくれたのだろう。
咀嚼した林檎を飲み込んだネジは、そんなリイの視線に気付くと、腕を組んでフンと鼻を鳴らしながら笑った。

「…お前がどうしても言うなら、擦ってやらん事もない」

「いきなりどうしたんです?ツッコミキャラからツンデレキャラにキャラチェンジでもしたんですか?今日のネジ、私が言うのも何ですが、なんか変ですよ」

リイの言葉に、ネジが動きを止めた。
急に真剣な顔付きになったネジに、リイは訝しげな顔になる。反論の一つでもされるかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
ネジとリイの視線が交わる。吹き抜けた風が、二人の髪を静かに揺らした。


「―――オレは今まで、お前があんな風に負ける姿を見たことがなかった」


腕を解き、膝に肘を置いて指を組んだネジがぽつりと呟く。
リイは強い。天才と言われ続け、同世代に敵う者がいないと言われ続けてきたネジにとって、本気で戦って勝てるかどうかの相手は、今までリイしか居なかった。
アカデミー時代、故意に実力を隠してきたリイが、下忍になって最初の手合わせでネジに見せた実力。それまで忍術や幻術は使えず、体術は人並み以下と言われていたリイのその圧倒的な力に、初めは度肝を抜かれた。
以来、それぞれ柔拳と剛拳の使い手として互いに切磋琢磨しあい、ライバルとしてその力を競ってきたのだ。リイの力がどれほどのものか、この一年でネジは十分に思い知らされている。
そのリイが敗れ、今こうして己の前で体を動かす事も出来ずに横たわっている姿を晒しているのは、ネジにとって予想もしていなかった事態だった。

相手が悪かった、としか言いようが無い。

しかしそれもまた、運命なのだろう。

いつも自分の力で道を切り開き、運命や才能の壁にもがくリイの姿を後ろから見ていたネジは、その背に一抹の希望の光を見ていた。
忍術や幻術が使えないという、忍として致命的な欠点を、究極までに高めた体術によってカバーしたリイ。その努力はきっと、ネジには想像もつかない程、過酷なものだったのだろう。
それでも、上には上がいる。越えられない天才の壁。もしリイが他の忍と同じように忍術を使えていたなら、我愛羅に勝利していたかもしれない。
だが、そうはならなかった。
リイは生まれついて忍術の才能を持っていなかった。―――それ故に、我愛羅に勝つ事はできなかった。

ネジは傷つき、眠るリイの姿を見て拳を握りしめた。


やはり、人は背負った運命から逃れる事はできないのだ。


「…ネジ、私はあなたを失望させてしまいましたか?」

リイの静かな言葉を、ネジはゆるく首を振って否定する。

「いいや。ただ―――諦めはついた」

どんなに努力をしたところで、それは無駄なのだと。
この額に印された運命には逆らえない。
あとはただ―――流されるように生き、死んでいくだけだ。

「本当に、そう思いますか?」

ネジはピクリと眉を動かし、薄く笑みを浮かべたリイを見た。
すべてを受け入れたかのような、穏やかな笑み。とても敗者のする表情ではない。ネジの眉間に皺が寄る。

「―――フフッ。ネジ、運命は変えることができるんですよ」

リイは動かない体を見下ろして、その両手と両足が傷一つない様を満足そうに眺めた。

「もうすぐネジにも分かります。運命は、誰かに課せられるものじゃない。自分で選び取って、戦わなければならない未来そのものだと―――」

四角く切り取られた空の向こうを、鳥たちが列を成して飛んでいく。
未だ籠の中で羽を開くこともできず、空を眺めるばかりの鳥の姿がネジと重なり、リイはそっと睫毛を伏せた。

「少し眠ります。―――そうですね、またここに寄る事があったら、次は桃にしてください。缶詰のじゃなくて、生の。とびきり甘いのをお願いしますよ」

「…注文の多い奴だ」

唇を歪めたネジがそっと席を立つ。
病室のドアに手をかけた所で振り返ったネジは、ふと思い出したように口を開いた。

「オレがこんな風に忠告するのはこれが最初で最後だが、一応言っておく」

ベッドに横たわるリイに向き直ったネジは、「あのサクラとかいう奴からの見舞いだ」と窓辺に置かれた一輪挿しをすっと指さす。
リイが視線を動かせば、窓辺ではガラスの花瓶に差された水仙の花が、穏やかな風に白い影を揺らしていた。


「―――お前、もう少し自分を大切にしろ」


ガイも、テンテンも、サクラも、皆お前の事を心配していた、とネジは小さく呟く。
今は落ち着いているが、チャクラを自己回復が出来ないところまで消耗したリイは、試合が終わった直後は生死の境を彷徨っていた程だった。特に我愛羅との試合の一部始終を観戦していたガイとサクラは、そんなリイの姿を見て気が気でなかっただろう。
ネジも口にこそ出さないが、ここに運び込まれた当初は見たこともないほどに衰弱したリイの姿に動揺し、心配をしていたのだ。
やっと容体が安定し、あとは目覚めるのを待つだけだと面会を許された暁には、ガイとテンテン、ネジの三人は、真っ先にリイの病室を見舞った。
人工呼吸器をつけられ、目を閉じたままのリイの姿を見て三人が何を思ったのか、それは想像に難くない。


「―――肝に銘じておきます」


もうこんな無茶はしません、とリイは窓辺で揺れる水仙の花を眺めながら返事をした。
病室から出ていったネジの足音を耳で追いながら、リイはゆっくりと目を閉じる。

(私の事を心配してくれる人。この世界での繋がり。―――いつの間にか、こんなにも増えていただなんて)

瞼の裏のガイの背中に、先程のネジやテンテン、そして花を持って見舞ってくれたサクラの姿が重なった。

暖かな風がリイの頬を撫でる。柔らかな感触。
その風の香りを感じながら、リイは満足げな表情を浮かべ、静かに眠りの世界へと誘われていった。







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