26

「な、なんて戦いだ…!!」

目の前で繰り広げられる目で追う事の出来ないリイと砂の攻防戦に、一同は呼吸すら忘れて立ち尽くした。
到底下忍同士のものとは思えないレベルの戦闘。木ノ葉の誇る上忍の中でも特に実力者とされ、“写輪眼のカカシ”の異名を取るカカシとて、その写輪眼が無ければリイの動きを視認することすらできなかった。
リイの音速に近い動きと砂がぶつかる事によって巻き起こった衝撃波におされ、振動する建物の壁に罅が入る様を見たサクラは、手摺を掴む手に力を籠め、身体を震わせる。
サクラの目に、最早リイの姿は捉えられない。上空でリイによって叩き落とされた砂が弾ける様を目で追うのがやっとだ。

―――次元が違いすぎる。

「我愛羅の砂の壁を、まるで紙切れのように…!」

「あれは岩よりも強度があるんだぞ…!?」

目を見開くテマリとカンクロウの視線の先で、大量の砂が暴れ狂った。
我愛羅本体を包む砂の殻を更に外側から守るように、地中から噴き出した砂が層のような形となって、リイの攻撃を阻もうとする。
しかし、地中奥深くから無理矢理に掘り出され、特別な強度を誇る砂の壁すらも、高濃度のチャクラを纏ったリイの拳の前では塵も同然だった。

「っなるほど、高濃度に圧縮されたチャクラを、対象に拳が当たった瞬間に炸裂させる…。貫通力の面から言えば、オレの千鳥に近い技か…!」

壁を足場にしたリイが、力を込めて壁を蹴る。
破壊され、飛び散った壁の破片が床に落ち切るまでに、リイは三層に連なった砂の壁を一気に突破してみせた。

「すべてを貫く最強の矛―――…今のリイは、何者にも止められん!」

拳を握ったガイの言葉に、カカシは目を細めた。

「だが、相手の砂を操る技量も伊達じゃない…!」

量の割に、重量を感じさせない勢いで動く砂。
我愛羅の防御力とリイの攻撃力は同等…。上回るには、それ以上の力が要る。

「カカシ、リイをなめるな…」

ガイの静かな呟きに、カカシはピクリと反応した。
リイの纏っているチャクラが急速に膨れ上がる。

「っまさか―――」




「第四、傷門―――開!!」




リイの鼻から一筋の血が流れ出る。

(なんて子だ…!)

更にスピードを増したリイに、もはや我愛羅の砂は動きを追う事すらできなかった。
しかし、リイの体内を流れるチャクラも、もう残り少ない。
次で、最後になる。確信を持って、カカシは会場を睨み付けた。
その全てを、見逃す事のないように。



(これが―――私の限界)



チャクラがじりじりと減り、己の体が限界を訴えかける。
限界が近い。これ以上すれば、死ぬ。リイは意を決し、拳を握りしめた。
筋の切れる音が耳元に届き、リイは歯を食いしばった。




「―――これで、最後です―――!!」




真っ直ぐに、放られた一振りの槍の如く。
全ての砂を貫通したリイの拳が、砂に守られた我愛羅を殻ごと殴った。
最高の硬度を誇る砂の殻は、その衝撃に崩壊し、本体の我愛羅はリイの拳が押すままに壁にぶつかる。

轟音と激しい衝撃。

勢いのまま破片と砂礫が飛散し、会場に居た人間は思わず腕で顔を覆った。



「―――――…」



リイの身体から赤みが引き、チャクラがスウゥと消え失せる。ぐらり、と揺らいだ身体が宙に浮かぶと同時に、我愛羅を中心として全体に亀裂を走らせた壁が音を立てて崩壊した。
ぐったりとした我愛羅の身体から砂が流れ落ち、こちらもリイと同じように地に落ちる。
砂と瓦礫によって見るも無残な姿となった会場に、二つの体が落下した。
どちらの体も倒れ伏したまま動かず、会場に沈黙が満ちる。

「ど…どうなったんだってばよ…?」

恐る恐る口を開いたナルトに、ハッとしたハヤテは二人の元へと駆け寄ろうとした。
今まではあまりの戦闘の激しさに近寄る事すらできなかったが、こうなった以上は意識の有無を確かめなければ―――。

しかし、踏み出そうとしたハヤテの足は止まった。
倒れていた二人の影が、小さく動き、揺らいだからだ。

足を震わせ、肩で息をしながら、二人は立ち上がる。
そんな二人を、一同は信じられないもを見る様な気持ちで見た。

「あれだけの攻撃を受けて―――まだ動けるだなんて…」

「うそだろ…」

よく見れば、我愛羅の背には瓢箪が無い。
あまりの攻防戦の凄まじさに、誰もが見る事の敵わなかったその瞬間を、写輪眼を発動していたカカシだけはしっかりと見ていた。
我愛羅は攻撃を受け、殻が崩壊したその瞬間、背負っていた瓢箪を砂に変え、己の背とリイの拳が当たる位置へと集中させた。
そうすることで身体に当たる衝撃とダメージを軽減させた我愛羅は、それでも殺しきれなかったリイの拳の威力に、体中の砂をすべて剥がされていた。あと少しでもリイに余力があったのなら、我愛羅の盾は完全に破られていただろう。
一方でリイも、カウンターを受けることを警戒して、限界寸前で技の発動を止めた。あのまま八門を開き、瞬閧を維持したままであったなら、我愛羅の盾を破る事ができていたとしても、リイの命はなかっただろう。

二人は、双方共に限界だった。特にリイは消耗が激しかったせいで、立っているのもやっとだ。

息を荒げていた我愛羅の指がぴくりと動く。我愛羅は腐っても一尾の人柱力だ。まだ余力がある―――。
まずい、と判断したリイは、咄嗟に手を上げ、棄権を叫んだ。

ハヤテが試合の勝敗を口にする前に、幾分緩慢な動きになった砂が、腕を抑えて荒い呼吸をするリイに向かって襲い掛かる。リイは体中に走る痛みに歯を食いしばり、我愛羅はボロボロに傷ついた顔を凶暴に歪ませた。
避けられない―――!
咄嗟に腕を突き出し、体を守ろうとしたリイの前に、影が過ぎった。
蠢く砂が弾き飛ばされ、リイは目を見開く。





「―――聞こえなかったのか。この子は棄権した。これ以上の争いは無意味だ」





サラ、と砂によって巻き起こった風に揺れる黒髪。

我愛羅の砂を振り払い、攻撃からリイを庇ったのは、他でもない、ガイその人だった。
驚きのままに息を飲むリイを振り返り、安心させるように微笑んだガイを見て、リイの足から力が抜ける。ふらり、と揺らいだ体をそっと受け止めたガイは、再び眼光を鋭くさせて我愛羅を振り返った。

「オレの愛すべき部下に、これ以上の手出しはさせない…!」

ガイに睨み付けられた我愛羅の顔が忌々しげに歪む。リイを庇うガイの姿が、今や我愛羅にとってはトラウマとなった『夜叉丸』の記憶と重なり、我愛羅は痛みを訴える頭を抱えて蹲った。

「くそ…!」

攻撃の意志を無くした我愛羅に、我に返ったハヤテが勝利を告げる。
試合の終了を聞き届けた医療班が、あたふたとしながら自力で動くことのできない二人の元へ担架を持って駆け寄った。

「こっちだ、急いでくれ!!」

八門遁甲を四門まで開いた影響と、チャクラを消耗しすぎたせいで衰弱しきったリイは、外傷こそ少ないものの、非常に危険な状態だった。
身体を床に横たわらせ、その手を握ったガイは、鬼気迫る表情で医療班を呼ぶ。

「早く緊急治療室へ!!」

「自力で回復できないところまでチャクラを消耗している…!このままでは何分と持たないぞ!!」

ぐったりと四肢を投げ出したリイを、医療班は慌てて担架に乗せた。
運ばれていくリイは、薄れゆく意識の中で、ガイが握っている手に精一杯の力を込める。

―――試合は、リイの負けだった。

だが、リイはそれを悔しいとは思わない。

ガイが握っているその左手は、本来であれば我愛羅の砂に潰される運命だった。
しかし今、リイの手足は潰される事なく、すべてが無事に揃っている。

(ありがとう、ガイ先生)

元気があれば笑い出したいような気分だった。
穏やかに目を閉じて、リイは唇を小さく歪ませる。

小さなことかもしれないが、それでも未来は確かに変わった。
戦って、変える事ができた。



(私は、運命に負けなかった)



今は、それだけで十分だ。
握られた手から伝わってくる温もりを感じながら、リイの意識は深い闇の中へと落ちていった。







「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -