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(原作で『ロック・リー』が使った技、高速で叩き落とす蓮華は、我愛羅の砂のガードを剥ぐには持って来いの技…。でも、身体への負担の大きいアレをここで使うのはリスクが高すぎる)

リイは『ロック・リー』と同じく、八門遁甲の門を五門まで開ける事が出来る。もちろん蓮華や裏蓮華も習得済みだが、その技をここで使う訳にはいかなかった。あの技は、筋肉への負担があまりにも大きいため、禁術とされる技だ。我愛羅は他の誰よりも鉄壁のガードを誇る。もし仕留めそこなえば、カウンターを受ける可能性の方が高い。事実、『ロック・リー』はそれが原因で負けた。
だからリイは、できるだけ門を開けずに我愛羅に対抗するために、数々の技を習得した。先程の柳緑花紅、鎧通しの技も、そのうちの一つだ。

しかし、決定打に欠けるリイの攻撃では、それこそ門を開けない限り我愛羅に致命傷となるダメージを与える事はできない。
門を開かない状態で使え、大ダメージを期待できる技は、これが最後だ。
これで仕留めなければ、もうリイに道は残されていない。

リイは祈るように葉を食いしばり、我愛羅に向かって拳を放った。

(どうか、効いて―――!)





「虚刀流最終奥義―――七花八裂!!」





鎧通しの技、柳緑花紅を皮切りに、鏡花水月、飛花落葉、落花狼藉、百花繚乱、錦上添花、花鳥風月の奥義を同時に繰り出す。
鮮やかな体捌き。我愛羅の身体を突き通った衝撃が飛び散った砂によって可視され、その攻撃の強烈さに試合を見ていた者は皆息を飲んだ。

我愛羅程の防御力が無ければ体を貫通していてもおかしくない貫手が叩き込まれ、我愛羅の体が吹っ飛ぶ。
いかに我愛羅といえど、これを食らって無事ではいられまい。

砂と共に地面を転がった我愛羅に、カンクロウの口から「ウソだろ…」という呟きが漏れた。

「し、死んだんじゃねーの…」

ナルトが声を震わせながら身を乗り出す。
少し息を弾ませたリイは、うごめく砂を振り払って忌々しげに舌打ちをした。

「やはり、そう簡単にはやられてくれませんよねぇ…」

ツウ、とリイの頬を汗が伝い落ちる。



砂煙が晴れ、霞んだ視界の向こうで―――我愛羅は立ち上がった。



口元から先程よりもずっと多い血を滴らせ、フラフラと体を揺らし、息を荒くしながら、狂気に歪んだ表情を浮かべて起き上がった我愛羅に、リイはただ嘆息する。
そう簡単に勝負がつくとは思っていなかったが、ここまでやってもまだ立ち上がってくるとは。
確かに、我愛羅は砂の絶対防御により、作中でも屈指の防御力を誇る。もし我愛羅に砂の防御が無ければ、木ノ葉の忍の中でも間違いなく五本指に入る攻撃力、貫通力を持つリイの剛拳の技を受けて、二度も三度も立ち上がる事はできなかっただろう。
しかし、これではっきりした。リイが使う通常奥義の中でも最も高い威力を誇る七花八裂を以てしても倒せない―――。となると、より高い威力とスピードを持つ技を使う他ないが、それをするにはどうしても、八門を開かなければならない。

流石に未来の風影は厄介だ、とリイは忌々しげに唇を歪めると、深く息を吸い込んだ。

「まだだ…もっと…、もっとオレを楽しませろ…!」

舌なめずりをした我愛羅がクイッと手を動かし、砂の塊がリイに襲い掛かる。
二撃、三撃、四撃。追撃を避けるリイの目前で、砂が分散し、礫となって襲い掛かった。咄嗟に両腕を交差して攻撃を受け止めるが、避けきれなかった砂礫がリイの体に幾筋かの朱線を走らせる。
痛みに僅かに反応した一瞬の隙を見逃さなかった砂が死角から襲い掛かり、リイの唇から短い呻き声が漏れる。

もしも八門を開け、我愛羅に止めを刺すことが出来なかったら、手足を潰されるかもしれない。

それだけは、絶対に避けなくてはならなかった。『ロック・リー』と、同じ轍を踏んでなるものか。
ぐっと息を止め、睨み付けるように我愛羅を見据える。

(…まったく、私もつくづく、バカだなあ)

本来ならば、この技が通用しなかった時点で、リイはこの試合を棄権するつもりだった。

恐らくこの世界は、どうあってもリイの“勝利”を許さないのだろう。
リイが『ロック・リー』と同じ立場に存在する限り、その逃れられない宿命は永遠にリイを縛る鎖となる。

(それでも―――、こんな局面になってもまだ、諦めたくないだなんて)

襲い掛かってきた砂をクナイで切り裂き、開けた視界のその向こうで、リイの目が固唾を呑んでこちらを見るガイを捉えた。
ずっと憧れていた人。その背中を追いかけて、共に生きたいと願った人。一人で泣いていたリイを、先の見えない闇の中から救ってくれた人。

ガイが居なければ、リイは何の希望も見出す事の出来なかったこの世界で生きていこうとは到底思えなかっただろう。

『ロック・リー』の居ない世界で、『ロック・リイ』として己が出来る事。
己の信念、その忍道を貫くため、前だけを見て走るガイの為に、努力をして、強くなって、彼の力になるのだと決めた。

そう、決めたのだ。他の誰でも、『ロック・リー』でもない、『ロック・リイ』、己自身が。

リイは、真剣な顔で戦いを見守っているガイと、この場に居ないテンテンに『運命には負けない』と誓った。
戦う事を選んだのは自分自身だ。

(他の誰でもない、自分自身の意志で、私は今ここにいる。『ロック・リー』だからじゃない。―――『ロック・リイ』が決めたから)

『努力が天才に勝ると証明する』。
『努力で、運命は変えられると証明する』。

ここで引いたら、自分への誓いも、努力も、大切な人への思いも、すべてが無駄になる。
だから、引けない。たとえ勝てない事が分かっていても、負ける訳にはいかなかった。
我愛羅に、ではない。
定められた、運命に。

例え忍術や幻術が使えなくても、立派な忍者になれる事を証明したい。
忍術や幻術を使う事の出来ない『ロック・リー』として生きることを課せられたのだとしても、『ロック・リイ』として生きることを決めたその瞬間から―――自分の忍道を貫き守り通す為に、リイは戦ってきた。
そして、これからも戦い続ける。

リイの心を感じ取ったのか、視線の先でガイが笑った。

あの人が笑って見てくれている。それだけで、リイは強く在ることができる。




(まるで―――『ロック・リー』みたいじゃないか)




身体に纏わりつこうとした砂を叩き落とし、リイは、嗤った。
決心がついたかのような、どこか清々しさすら感じる―――自嘲の笑みだった。

「…リイさん、笑ってる?」

あんなに苦戦してるのに、とサクラは不思議そうな顔でリイを見る。
その手が忍具入れに伸び、中から小さな丸薬が取り出されたのを見て、ナルトは見覚えのあるそれに首を傾げた。

「あれって、兵糧丸だってば…?」

手のひらに乗せられた小さな丸薬を舌で掬い取ったリイは、口に含んだ兵糧丸をごくんと喉を上下させて飲み込む。

ここからが本気の勝負だ。

顔を上げたリイは、訝しげな目で己を見る観客達と、向かい合う我愛羅に対して、不敵に微笑んでみせる。


(ここから先は、私が主役の物語)


魅せてやろう。己の力を。




「私に―――ときめいてもらいます!」




睫毛が揺れて、口角が上がる。
老若男女を問わず、見る者全ての目を奪う妖艶な笑みに、観客達の目は釘付けになった。
一切の音が消え、リイは動きを止めるとゆっくりと眼前で腕を交差させる。

「リイの奴、まさか…」

「ああ、やる気だな…」

目を閉じたリイの姿に、ネジとガイの頬に汗が伝った。

「あいつ…門を開く気だ…!」

ネジの目元に血管が浮き上がる。白眼を発動させたネジの『門』という言葉に反応し、我に返ったカカシは、まさかという顔でガイを振り返った。
カカシの視線に気付いたガイは、リイから視線を外さないまま「…お前の想像通りだ」と呟く。

「…お前の弟子だ、あり得ない事はないが…、本当に、下忍のあの子が、“八門遁甲の体内門”を…!?」

「…そうだ。開ける…」

話についていけないサクラ達が首をかしげる中、カカシは「…なんてことだ…」と漏らすと、思わず身を乗り出した。
両腕を交差させ目を閉じるリイの姿に、カカシは訝しげな顔でガイを振り向く。
サクラは二人の間に流れた異様な空気に息を飲み、胸元で手を握りしめた。何の話かは分からないが、二人がリイの事について何か重要な事を話しているのだというのは分かる。

「ガイ、今あの子は、いくつまで八門を開ける…!?」

「最大で五門…。あの子は裏蓮華までの体術、禁術を―――すべて体得している」

目を見開いたカカシに、今度こそサクラは動揺した。普段飄々としているカカシが、ここまで感情を表に出すとは。
カカシを驚愕させる程の何か。一体なんだというのだ、とサクラはカカシの方を見た。その頬を、一筋の汗が滑り落ちる。

「…努力でどうこうなるものじゃないぞ…」

「ちょ、ちょっと待って、はちもん…とんこうって、何!?門を開くって…」

説明を求めるサクラを振り返ったカカシは、額当てを押し上げて写輪眼を発動させながら、静かな声で「体内に流れるチャクラの量に制限をかけるためのリミッターの事だ」と答えた。

人体に走る経絡系上には、頭部から順に開門・休門・生門・傷門・杜門・景門・驚門・死門と呼ばれるチャクラ穴の密集した八つの場所があり、これを八門と呼ぶ。
本来体を流れるチャクラに制限をかける為に存在するこの門を開けば、本来の何十倍にもあたる力を引き出す事ができる。ただし、それは無理矢理にリミッターを外し、肉体の限界を超えた力を引き出す事と引き換えだ。門を開くたび術者の体には大きな負担がかかり、肉体は崩壊する。
正しく諸刃の剣の技。

サクラはごくりと喉を動かし、リイの姿を見た。

技の危険性は痛いほどに理解した。
通常リイが使っている体術ですら、サクラの目から見れば人を超越した体技を使っているように見える。だというのに、それ以上の力を―――身体にかけられたリミッターを外してまで、一体何をしようというのか。

カカシの写輪眼がリイの内側に走るチャクラを視認した。開門を開いたリイの体の中心から、じわりと染み出すように溢れたチャクラが体中に満ち始める。
さらに続けて休門が開かれ、目に見えてリイの様子が変わりだした。
その時、ぽつりとガイが漏らした言葉に、カカシとサクラは振り返る。

「リイが忍術を使う事が出来ない理由…。それはあの子の、特出しすぎた身体能力にある」

どんな技でも訓練さえ積めば再現させてしまう人の限界を超えた驚異的な運動能力。それを維持させるために、リイは無意識のうちに己のスタミナを常時消費している状態にあたる。
知っての通り、チャクラは『身体エネルギー』と『精神エネルギー』を混ぜ合わせる事によって作られる。その為、リイが忍術を発動させる程のチャクラを練る事が出来ない理由は、前述の通り身体能力の維持、即ち『身体エネルギー』と『精神エネルギー』の総称であるスタミナを、チャクラ分に回すことができない事にあった。
通常時であれば、水面歩行をするのがギリギリといった程度のチャクラしか練る事ができないリイには、大量のチャクラを必要とする一切の忍術を使う事ができない。

―――だからこその、“八門遁甲の陣”だ。

「体内のリミッターを無理矢理こじ開け、兵糧丸によって底上げしたスタミナを使ってチャクラを練る…。それによって、リイは僅かな間、チャクラを消費する技を使えるようになるのだ…」

もちろん、無理矢理に体力を底上げした状態でのリミッター外しは、相応のリスクを伴う。
特に体内のチャクラ総量の少ないリイがそれを行えば、自己回復できないレベルまでチャクラを使い果たして死んでしまう可能性もあるのだ。その危険性は重々承知の上なのだろうが…。
ガイは不安げに、リミッターを外しにかかったリイを見た。

(―――未だ完成していないこれを使うのは少し不安だったけれど、そうも言っていられない)

「第三、生門…開!!」

リイの体表に漏れだしたチャクラが立ち上る。

碧い渦を巻いたそれが振動のように会場の空気を揺さぶり、交差させていた腕を解いた瞬間、リイの体色が赤く変化した。
初めて目の当たりにする八門遁甲の陣に下忍達は瞬きすら忘れ、これから起こることを見逃さないよう、食い入るようにその姿に見入る。

(第三の門、生門を開いた…、動くぞ!)

カカシの写輪眼が、勢いを増したチャクラの流れを追った。
溢れ、陽炎のように揺れていたチャクラが急に動きを止め、リイの体に纏わりつくようにうねる。
一点に集中するように、濃度を増したチャクラがリイの背と肩に集まりだした。

「あれは…!?」

「ハアァアアア、アアア…!!」

拳を握りしめて力むリイの背と肩に、瞳術なしでもはっきりと視認できる程高濃度に圧縮されたチャクラが集約される。
誰もが息を飲んだその時、リイの纏う服の背と肩の布が勢いよく弾け飛んだ。
ゆっくりと顔を上げたリイが、その尋常でない様子に目を見開いた我愛羅を見据え、唇を開く。
リイの動きを警戒した我愛羅が咄嗟に印を結び、周囲に漂っていた砂が我愛羅を覆い隠した。




「魅せてあげましょう。超高等戦闘技術―――…瞬閧!!




我愛羅の姿が完全に砂に覆われ、見えなくなった。
動いたリイの足踏みによって床が破壊されたその瞬間、リイが八門を開ける溜めの間に我愛羅がチャクラを使い掘り進んでいた地中から砂が吹き出し、観客達の視界を覆う。

絶対防御を誇る我愛羅の砂の盾と、最高威力の貫通力を誇るリイの攻撃―――。
その二つが、今まさに、正面からぶつかり合おうとしていた。







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