22

第九試合目。とうとうこの時がやってきた。
電光掲示板に表示された『ガアラ』と『ロック・リイ』の名に、リイは包帯に巻かれた手をきゅっと握る。先に下に降りた我愛羅から向けられる鋭い視線から逃れるように、リイは目を閉じた。

今日の事を見越して、これまで必死に修行を繰り返してきた。
未来の風影相手に、忍術を使う事のできない己の技がどこまで通用するか…。

そっと目を開いて、覚悟を決めて手摺から身を乗り出し、下に降りようとしたリイを、不意にガイの手が止める。首をかしげて振り返ったリイに、普段とは違う、真剣な眼差しをしたガイが向き合った。

「リイ、あの子はかなりの手練れだ」

数々の死線を潜ってきた修羅の―――隠し切れない、血の匂い。
佇む我愛羅からそれを嗅ぎ取ったガイは、厳しい顔でリイに忠告をした。
第二次試験での惨殺の手口、そして砂からの情報…。

「いいか、危ないと思ったら迷わず棄権しろ…」

いつになく思いつめたようなガイの様子に、リイは思わず息を飲んだ。

「どうしたんです、ガイ先生らしくもない…」

まさかガイの口からそんな言葉を聞く事になるとは思っていなかったリイは、目をぱちくりとさせてガイを仰ぎ見た。
リイの両肩を掴んで、顔を上げたリイを見下ろすガイ。
両者の間に、数秒の沈黙が流れる。

「…ああ、確かに、オレらしくないな…。いや、リイ、気にしなくていい。全力で戦え」

「もちろんです、先生」

ガイが片手で顔を覆い、小さく頭を振る。
リイはガイの言葉に深く頷くと、「必ず先生の期待に応えて見せます」と宣言をした。
くるりと踵を返して、観客席から降りようとしたリイは、二、三歩進んだところで足を止める。

「先生…」

呼びかける声に、何かと首をかしげるガイ。
振り返ったリイは、軽く頬を染めると、上目使いにガイを見た。
美少女の只ならぬ様子に、何事かと周囲の人間の視線が集まる。
ごくり、と喉を上下させたリイは、恥じらいながら笑みを浮かべると、やがてゆっくりと唇を開いた。


「…私、頑張ります。だから、この試験で私が合格したら、結婚して下さい!!


唐突な爆弾発言。周囲でそれを聞いていた人間は、一斉に白目を剥いた。
美少女がいきなり濃いオッサンに告白するという目を疑うような光景に、一番近くに居たアスマ班のメンバーはごしごしと両目を擦って事の真偽を確かめようとする。
唯一そんなリイの姿を見慣れていたネジでさえも、これには目の下をぴくぴくと引きつらせ、普段共に暴走するリイを止める役目を果たしているテンテンがこの場に居ない事を内心で嘆いた。

ああテンテンよ、なぜオレを一人にした!(※テンテンは死んでいません)


「ふむ…気持ちは嬉しいがリイよ、十四歳で結婚はまだ早いぞ!それにまだ本戦も残っているしな!気を抜くな!」


観客達が固唾を呑んで見守る中、顎に手を当てながら事もなげに放たれたガイの言葉に、周囲の人間は雷に打たれたかのような表情になる。

(((((((美少女からの告白を総スルーだと…!?)))))))

「もう…ガイ先生ったら、またそうやってはぐらかして、いじわる…。でもそんなところも好き…っ」

どう考えても十四歳の子供とは思えない色気を滲ませた表情で拗ねるリイに、カカシの顔が引きつった。
ガイお前…。もうオレどこからツッコんだらいいのか分からないよ…。


「オイまだか…。早く降りてこい」


しびれを切らしたように下から聞こえてきた声に、一同はハッとして振り返る。
会場では、先に降りた我愛羅が眼光を鋭くさせながらリイが降りてくるのを待っていた。眉間に皺が寄っている。流石にこれ以上、ここで遊んでいる訳にもいかないだろう。
リイは一つため息をつくと、手摺を掴んでガイの方をちらりと見た。

「よし、行って来い、リイ!」

ガイがサッと右手を上げて送り出す。リイはそれに頷くと、元気よく「ハイ!」と返事をして身体を宙に躍らせた。
スタ、と降りた先で、ゆっくりと立ち上がったリイは、深く呼吸をして我愛羅に向き直る。
リイは、我愛羅の冷たい眼差しに、意を決したように息を吸い込んだ。向かい合う二人の間に走る緊張に、会場内の人間は息を飲む。
ふと、リイは眉に入っていた力を抜くと、唇をクイッと釣り上げた。そっとその唇に指を当て、リイはにっこりと最大級の微笑みを浮かべる。



「木ノ葉の美しき碧き野獣…ロック・リイと申します。…以後、よしなに!」



パチン、とウインクをしたリイは、そのまま無表情の我愛羅に投げキスをした。

美少女がやると、ウインクも投げキスも信じられないくらいキマる。

リイのバックに花が舞い散り、会場の男性陣からドキュゥウン、と胸を射抜かれる幻聴が聞こえ、ナルトは思わず口元を抑えた。

「あ、あんなの真正面から喰らったら、いくらマユナシでもイチコロだってばよ…!?」

例に漏れず美少女に射抜かれた胸を苦しそうに抑えながら呟いたナルトに、サクラは頬を引きつらせて顔の前で手を振る。

「いやいやカカシ先生ならまだしも、あんなシリアスっぽいキャラがそんな事になる訳…って、ェエエエ!?

つい、と視線をリイから向い合う我愛羅に動かしたサクラは、予想外の我愛羅の姿を見て唖然とした表情になり思わず口元を覆った。

む、胸を押さえていらっしゃる…!

「まさか…まさか…」

「もしかして、もしかして、そのまさかなんじゃないかってばよ…!」

二人の予想の通り、我愛羅の心中はリイの唐突なウインク&投げキスによって乱れに乱れていた。

事の始まりはこの第三次試験の第五回戦、テンテン対テマリの戦いに遡る。
あの時、気絶したテンテンを助けるために会場に割り込んだリイの、砂の里にはちょっと居ないタイプの超絶美少女の姿に、テマリの試合を観戦する為に会場を眺めていた我愛羅は思い切り目を奪われた。

俗にいう、『一目惚れ』というやつである。

そして自覚なしにその姿をガン見する程リイの事が気になっていた我愛羅は、対戦相手にリイが選ばれた事で真正面から向かい合う事になり、電光掲示板に名前が表示された暁にはフライングして下に降りる程テンションが上がっていた。

そんな状態からの、ウインク&投げキッス。本人に自覚がないとはいえ、気になる相手からそんな事をされて平静を保っていられる思春期男子はそう居ない。

そう、我愛羅はリイに、完全にハートを撃ち抜かれていた。流石美少女、罪な女である。

しかし、幼い頃から他人に恐れられ、孤独の中に生きてきた我愛羅は、感情が乏しい故に己が感じたその感情が『萌え』である事に気が付かなかった。

(なんだこの気持ちは…!胸が…胸が苦しい…!!)

腹の底がざわつくような感覚。心拍数が上がり、息が荒くなる。
人はその感情を俗に『恋』と言うのだが、先述の通り感情に鈍い我愛羅は、それを『恋』だとは夢にも思わない。

(なんだこれは…、胸がざわつく…。こんな気持ちは初めてだ…)

我愛羅は俯いて胸元の服を掴むと、自らを落ち着かせるように静かに深呼吸をした。
息が落ち着くと、気持ちに余裕も出てくる。やがて、ぐるぐると胸に渦巻くその感情が何なのかを結論付けた我愛羅は、凶悪な笑みを浮かべて顔を上げた。



(そうか…これは…。…殺意…)



絶対違う。しかし誰も、そんな我愛羅の間違いを訂正することはできなかった。

リイと我愛羅の視線がぶつかり合う。
次の瞬間、己を目掛けて飛んできた瓢箪の栓をパシリと受け止めたリイは、「そうあわてないで下さいよ」と軽く我愛羅に投げ返した。
栓は我愛羅に当たる前に砂と化し、サラサラと音を立てながらその眼前を漂う。

「まったく、せっかちな人ですね」

急な攻撃にも動じないリイの様子に、ハヤテは口角を上げると、スッと腕を上げた。



「では第九回戦、始めて下さい!!」



ハヤテの腕が振り下ろされる。試合開始の合図。
リイはフッと笑みを浮かべると、床を蹴って駆け出す。

戦いの幕は―――――切って落とされた。







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