21

第八回戦、ネジ対ヒナタ。
日向一族の分家・宗家の因縁対決でもあるこの試合は、リイの予想、記憶通りに、圧倒的な実力差によって、ヒナタの負けは火を見るよりも明らかだった。
ネジは他に類を見ない天才だ。同じ班として一年以上を共に過ごしてきたリイがその実力を保障するのだから間違いない。ヒナタには悪いが、あのネジと一対一で向かい合って勝てるのは、木ノ葉の下忍では自分位のものだろう。

しかし。

「ま…、まっすぐ…自分の…、言葉は…曲げない…」

経絡系への重大なダメージに加え、点穴を突かれた事によってチャクラの流れをせき止められたヒナタに、最早勝ち目がないのは明白だった。負けるのは時間の問題だ。
それでも、立ち上がろうとするヒナタの姿から、リイは目を離す事が出来なかった。

「私も…、それが忍道だから…!」

血反吐を吐いて、それでも尚、変えられない運命の中でもがく。
例え限界だと分かっていても。
ヒナタの目が、頑張れと叫ぶナルトを見つめる。ずっと見続けてきた憧れの人を前にして、ヒナタの目に力が戻った。

(…私に、似ている)

リイはすっと目を細める。

駆け出したヒナタがネジに猛攻を仕掛けるが、すべていなされ、弾かれた。カウンターを受け、顎を正面から殴られたヒナタの口から鮮血が散り、体がぐらつく。
咳き込む度に口からは血が滲み、荒い呼吸を繰り返す姿は、最早立っているのが精一杯といった様子だ。
それでもヒナタは諦めなかった。ただ真っ直ぐに前を見て、自分を変えるために戦う。

運命に抗うために。

ネジの掌底がヒナタの胸に打ち込まれ、とうとうヒナタは倒れ伏す。
血を吐きながら倒れ、ピクリとも動かないその身体に、誰もがヒナタの負けを確信した。
あんな状態で、これ以上戦える筈がない。

「心臓を狙ったネジの決定打だ…。かわいそうだがもう立てまい…」

リイの隣に佇むガイですら、ヒナタを戦闘不能と見なした。
それもそうだ。あれだけの柔拳を正面からまともに受け、経絡系及び内臓への直接的なダメージを受ければ、リイですら立ち上がる事は出来ないだろう。
これ以上の試合を不可能と見なしたハヤテが勝敗を告げようと手を上げた、その時だった。

「止めるな!!」

ナルトの鋭い制止の声が、会場に居たすべての人間の動きを止める。
いや、真に皆の動きを止めたのは、ナルトではない。

ネジの後ろで震えながら動く影。
這いずり、口から鮮血を滴らせながら、それでも立ち上がったヒナタの姿が、そこにはあった。

「…やっと、私を見てくれてる…、憧れの、人の前で…」

蚊の鳴くような小さな声。荒い呼吸の合間、とぎれとぎれに聞こえてきたそれに、リイは息を飲む。



「格好悪いところは………見せられないもの………!」



脳裏にフラッシュバックする、幼い日の記憶。
ヒナタの言葉に、リイは無言のまま瞼を伏せると、肩に乗せていたリスの体をそっとてのひらに乗せた。

『もう泣くんじゃないぞ』

あの日から、ずっと追いかけてきた背中。

リイには、ヒナタの気持ちが痛いほどに分かった。ヒナタにとってのナルトは、リイにとってのガイだ。だからこそ立ち上がる。憧れの人の為なら、その忍道を守る為ならば、何度でも立ち上がる。
限界すら、越えて。

「…アナタは生まれながらに日向宗家という宿命を背負った。力のない自分を呪い責め続けた…。けれど人は変わることなど出来ない。これが運命だ」

ネジの言葉に、リイは眉を寄せる。

『運命を変えることはできない』

そのネジの口癖は、リイにとっては禁句に等しい言葉だった。
もしネジの言う通り、どんなに抗ったところで運命を変えることは出来ないというのならば、リイが今までしてきた努力は、すべてが無駄という事になる。

(運命、か…。一体いつまで、私はそんなものに縛られ続けなければならないのだろう)

『ロック・リー』と同じ立場だから、忍術が使えない。
『ロック・リー』と同じ立場だから、天才には敵わない。
『ロック・リー』と同じ立場だから…。

(そんな事、『それが運命だから』と、受け入れてたまるか…!)

だからリイは、必死になって努力をした。少しでも力をつけて、己の大切なものを守れるように。
テンテンだって、負けたとはいえ、リイの記憶にある知識からすれば十分に善戦した。結果がすべてと言ってしまえばどうしようもないが、それでも、過程は変えられる。過程が変えられれば、やがて結果を変える事も出来るだろう。

(ネジのように、最初から諦めたりしない。私は、『ロック・リー』の運命を受け入れない…!)

ネジを睨んだリイが、手のひらの上のリスへと視線を移す。
リイが頷くと、リスは心得たというように尻尾を振った。

「もう苦しむ必要はない…。楽になれ!」

棄権を促すネジに、ヒナタはゆるゆると首を振る。


「それは違うわ、ネジ兄さん…。だって私は見えるもの…。私なんかよりずっと、宗家と分家という運命の中で…迷い苦しんでいるのはあなたの方…」


その言葉は、ネジの逆鱗に触れた。
一気に鋭さを増した眼光が抑えきれない殺気を放ち、その場に居た全員の背筋が泡立つ。

ヒナタに止めを刺す為、駆け出したネジを慌てて止めに入ろうとハヤテが動くが間に合わない。
まずい―――!!
誰もが息を飲んだ、その瞬間だった。


「たいあたりー!!」


リイは叫び、大きく腕を振りかぶった。足を踏み出したネジの顔面に、飛んできた何かが柔らかいを立てながら思い切りぶち当たる。衝撃で顎を反らしたネジの体がバランスを崩し、しりもちをつく形で床に倒れこんだ。

「えっ」

「なっ、何だ…!?」

忌々しげに起き上がったネジの顔からぽてり、と落ちた毛玉。目を回したリスが、大の字になってネジの腹の上に伸びた。だいぶ手加減された勢いで飛んできたとはいえ、飛び掛かってきたリスに鼻をぶつけたお蔭で赤くなったネジの鼻から一筋の血が滴り落ちる。


「くそ…っ!なんの真似だ、リイ!!」


ネジは手の甲で鼻血を乱暴に拭い、リスが飛んできた方向を睨んで苛立ち紛れに叫んだ。
会場のすべての目が、ネジの視線の先―――野球の投球フォームのまま動きを止めるリイへと集まる。

「宗家との事で揉めるな…。あなたはそう、ガイ先生と約束した筈です。それを違えるつもりですか?」

「お前には関係のない事だろう」

眉間に皺を寄せたネジがリイを白眼で睨み付ける。しかしリイは、温度の無い、冷めた目でネジを見下ろすと、有無を言わせない口調で「ガイ先生との約束を反故にするというのなら、私が容赦しません」と言い捨てた。

リイとネジが睨み合う。
只ならぬ雰囲気に会場内に緊張が走り、人々は固唾を呑んで二人の姿を見守った。
一触即発。臨戦態勢に入った二人は、互いに威嚇しながら相手の動きを制する。

「…がは…っ!」

しかし、そんな二人の睨み合いの応酬も、唐突に背後で響いた苦しそうなうめき声によって終止符が打たれた。
柔拳のダメージによって内臓に異常をきたしたヒナタが、喀血しながら倒れたのだ。

ヒナタが床に倒れ伏したのと同時に、止まっていた時が動き出し、紅を筆頭とした上忍や医療班が駆けつける。
その中には、先程ヒナタを応援していたナルトの姿もあった。

「ヒナタ、大丈夫か!?オイ!」

険しい顔でヒナタの顔を覗き込むナルトに、ネジはゆっくりと歩み寄ると、その背後で足を止める。
苛立たしげに「そこの落ちこぼれ」と呼びかけたネジは、不機嫌そうに眉間の皺を深くしてしゃがみ込むナルトを見下ろした。

「お前に二つほど注意しておく。…忍なら見苦しい他人の応援などやめろ!…しょせん落ちこぼれは落ちこぼれだ…変われなどしない!」

半ば八つ当たりのようにネジが吐き捨てた言葉に、ナルトは眉を怒らせながら振り向いた。ぐっと口を引き締め、ゆっくりと立ち上がったナルトが、怒りを抑えきれないといった様子でネジの前に立つ。
苛立ちで震えた声で「試してみるか…」と言ったナルトに、ネジは歪んだ笑みを浮かべるた。
その挑発するような態度に、ナルトは今度こそ我慢ならないと拳を握りしめ、駆け出す。

ナルトの拳が振り下ろされる―――。ネジが反撃しようと構えを取ったその時、間に割って入る影があった。
瞬くナルトの視界で、白いマフラーが風にはためく。


「…何で止めるんだってばよ!!」


ふわり、と下がったマフラーに、ナルトは不満げな顔をして叫んだ。
対峙する二人の間に滑り込むようにして割り込んだリイは、拳を握って抗議をするナルトを振り返ると、眉を顰めて口を開く。

「怪我人が居るんです。こんな所で争わないで下さい。彼女の搬送が先です」

リイが言うや否や、ヒナタの体が痙攣し、大量の血を吐き出した。
心室細動。
慌てて容体を確認した紅が、一歩間違えば死んでいてもおかしくないその状態に目元を険しくさせ、ネジを睨みつけた。しかしネジはそんな紅に怯む事もなく、飄々と「オレを睨む暇があったら彼女をみた方がいいですよ」と言ってのける。まるで自分は無関係だとでも言うような言い草だ。
ナルトはネジの態度にギリギリと歯噛みした。駆けつけた医療班に運ばれていくヒナタの姿を見ながら、歯を食いしばり、彼女の血に拳をつけると、ネジに向かってその拳を突き出す。

「…っぜってー、勝つ!!」

―――どうやらナルトは、ヒナタに免じてこの場では拳を収める事にしたらしい。
踵を返したナルトを見て、ひとまずは場を収めることができたと判断したリイは肩に入れていた力を抜き、足元で気絶していたリスそっと拾った。
手の中でくったりと伸びるリスに「あなたのお蔭で助かりました」と小さく微笑みかけ、爪先で床を蹴って観客席へと戻る。


「リイよ、よくネジを止めてくれた」


いつの間にか隣に立っていたガイが、柔らかい笑みを浮かべながらリイの肩を叩いた。
ガイはあの場で、咄嗟にネジを止める為に飛び出そうとしたカカシと紅を止めた。もし上忍が総出でネジの事を止めようとしたならば、宗家に深い恨みを持つネジは『やはり宗家は特別扱いか』と更に宗家に対する憎しみを増す事になる。
リイはそれを察して、試合が始まる前に、ガイに対してもしこの試合でネジが暴走するような事があれば、必ず自分が止めると言っておいたのだ。
ガイはリイを信じて、最後まで手出しをせずにいてくれた。リイはガイからの信頼に口角を上げると「当たり前です。ネジは私の仲間ですから」笑う。


「でも、動物にはもっと優しくな!」


ガイの言葉に、リイの笑顔が苦笑いに変わった。







「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -