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第五回戦、テンテン対テマリ。

向かい合う二人を上から眺めながら、リイは祈るような気持ちで手摺を掴む手に力を込めた。
もしも原作通りにこの試合が進むのならば、テンテンは武器攻撃を完封され、テマリに瞬殺されるだろう。
そもそも、自分達の実力に絶対の自信を持つリイ達ですら二日かかった試験内容を、僅か二時間足らずで完遂したチームだ。テマリは強い。この試合を見越して、リイはテンテンに様々な仕込みをしたが、恐らく一筋縄では行かないだろう。

(どうか、攻撃が通用しますように…!)

リイはそっと瞳を閉じた。

『テンテン、例えばあなたの操具―――投擲武器が通用しない程に強いガード技を持つ敵と当たった場合は、どのように対処しますか?』

『そうね…。普段は接近戦タイプのリイやネジが居るから、私は遠距離攻撃に徹してられるけど、一対一になったら結構厳しいかも…』

以前、テンテンとチームのフォーメーションを話し合っていた時の会話を思い出す。

テンテンの戦闘スタイルは、口寄せした武器での攻撃だ。パワータイプでないテンテンは主に投擲武器を主武器として使用するが、強力な風遁、つまり投擲武器を無効化する技を持つテマリとはかなり相性が悪い。
原作ではそれが原因で、テンテンは予選を突破する事ができなかった。しかし。

「砂の国の二人目か…おもしろい試合になりそうだな」

興味深そうに二人を見下ろすネジに、リイはそっと目を開く。
テンテンがテマリと当たる事は最初から分かっていた。それを見越して、リイはこの日の為にテンテンと特訓を繰り返し、準備をしてきた。

―――テンテンは強い。そう簡単に負けはしない。

「それでは、試合開始!」

ハヤテの声に、宙へと飛び上がったテンテンは巻物を開き、大量の飛び道具を口寄せした。
死角無く襲い来る武器の乱舞に観客席から感嘆の声が漏れるが、テマリは眉ひとつ動かすことなく抱えた扇子を開いて強力な風を起こし、すべての武器を跳ね返す。

「っ私の飛び道具が…!」

「これが一の星…。あと二つ」

開かれた扇子に描かれた文様、一つ星。
すべての武器を跳ね返され、動揺するテンテンに対し、テマリは扇子を翳しながらニヤリと笑って見せる。

「三つの星のが見える時、お前は負ける」

―――ここまでは、予想通り。
リイは、手摺から身を乗り出した。

「テンテン!!」

声を張り上げたリイに、ハッとしたテンテンが振り向く。
リイは真剣な顔でテンテンに頷いた。その意図を悟ったテンテンは、険しかった表情を崩して口角を上げる。
投擲武器が通用しない相手。それならば―――。

テンテンは忍具入れから一つの巻物を取り出すと、リイに向かって頷き返した。

親指を噛み、滲み出た血を一気に開いた巻物へと走らせる。素早く印を組み、口寄せの煙が巻物から上がれば、次の瞬間テンテンは一本の槍を構えていた。

「珍しいな…テンテンが飛び道具以外を口寄せするとは。しかし―――」

「相手の懐に入れなければ意味がない。あれだけ強力な風遁を使う術者に、どうやって接近するか―――」

ネジの言葉を継いだリイがにやりと笑う。

「お忘れですかネジ。テンテンも、私達ガイ班のメンバーなんですよ」

リイの言葉に訝しげな顔をしたネジは、改めてテンテンの方を見た。
スリーマンセルの中ではこれまで後方支援を担当してきたテンテンが、一体どういうスタイルで攻めに出るというのか。

「フン…。私がそう簡単に近づかせるとでも思ってるのか?なめられたものだ…」

武器を切り替えたテンテンに、テマリは失笑した。投擲武器なら弾き返す。接近戦に持ち込もうというのなら、近づく前に吹き飛ばす。攻守に死角のないこの強力な風の前に、ただの物理攻撃だけで勝てるはずもない。
テマリは扇子を持ち上げると、パシ、ともう一段開いた。

「二の星!」

目にも留まらぬ速さで扇子が翻る。巻き起こった強烈な旋風に、テンテンの体はなす術もなく吹っ飛ばされる―――…。
誰もがそう思った、その瞬間だった。


「剃!!」


風が当たる直前、ヒュ、とテンテンの姿が掻き消えた。
目で追う事の出来ない速度で視界から消えたテンテンに、テマリは目を見開く。

「あの技は…!」

ネジは思わず身を乗り出し、隣のリイを見た。
あれはリイが使う高速移動の技だ。なぜテンテンがそれを…。

驚きを隠せない様子のネジを振り返ったリイが、おもむろに口を開く。

「私達ガイ班の強みは何といってもスピード…。相手の忍術がどんなに強力な忍術でも、印を組む隙を与えなければ脅威にはなりえません。絶対の先制攻撃…あの剃のスピードに着いてこられる忍はそういない」

この日の為にリイがテンテンに教え込んだ体技『剃』。
リイの使う体技『六式』のうちの一つであるこの技は、純粋な身体能力のみで行う為、体術と違いチャクラや印を必要としない。
その為、元々チャクラを使う事の出来ないリイはこの技を瞬身の術の代わりとして使用しているのだが、この技にはそれ以外の利点がもう一つあった。
『剃』はチャクラを使用しない体技。即ち、技の発動までの予備動作が殆どなく、その分のタイムロスが生じない。もちろん習得する為には血の滲むような訓練が必要だが、流石にテンテンもリイと同じガイ班の一人。普段の様子からは分かりづらいが、彼女もまた根性と努力の為の熱血は人一倍だ。
見事中忍試験までに剃を習得し、使いこなすまでに至ったテンテンに、リイは笑みを深くした。
これなら相手の忍術を差し引いて互角…いや、ともすれば、勝つことができるかもしれない。

「何!?」

「ここよっ!」

一瞬にしてテマリの背後に移動したテンテンは、構えた槍をテマリに向かって振り下ろした。
咄嗟に扇子を盾にすることで直撃を防いだテマリは、そのまま繰り出される連撃に風遁を使う間もなく圧倒される。

(あの扇子の風遁は確かに凄いけど、振りぬけなければただの鉄…!接近戦に持ち込めばこっちのものよ!!)

「ハァアッ!」

テンテンの槍が多節棍へと姿を変える。鞭のように撓らせたそれでテマリの扇子を弾いたテンテンは、がら空きになったテマリの体を棍の鎖で巻き取ると、その先に取り付けてあった錘で殴りつけ、壁へと吹っ飛ばした。
勢いよく壁に叩き付けられたテマリは衝撃に息を詰まらせ、倒れこむ。

「これで終わりよ!」

テンテンは武器を多節棍の状態から再び槍の状態に戻し、勢いを付けた一撃をテマリに向かって繰り出した。
強力な一撃が轟音を立てて壁を破壊する。
間一髪、変わり身の術でそれを避けたテマリは、テンテンの予想以上の実力に息を荒くさせながら額から流れる汗をぬぐった。

「チッ、逃したか」

再びテンテンの姿が消える。
テマリは舌打ちをして落ちていた扇子を開くと、一気にそれを開ききった。
手加減している余裕はない。奥の手は最後まで取っておくつもりだったが、仕方がない。テマリは親指を噛み、滲み出た血を扇子に擦り付ける。

「次こそ―――!」

テンテンはテマリの背後に回り込み、左手で新しい巻物を取り出すと、槍を構えたまま再び武器を口寄せした。

「操具・襲千刃!!」

ほぼゼロ距離で放たれた無数のクナイ。これなら避けられない―――…!
しかし、テマリの扇子の方が早かった。

「口寄せ・斬り斬り舞!!」

ぶん、と煽いだ扇子から鎌を携えたイタチが飛び出る。轟音を上げながら巻き起こる鎌鼬の如き烈風。
試験会場全体に余波を及ぼすそれに、リイとネジは思わず腕で顔を覆った。すさまじい風の刃に、会場が大きく削られる。
漫画を読んでその術がどんなものか知っていたリイも、実際にその威力を目の当たりにし、愕然とした。

(なんて威力…!これでは…)

勢いよく吹っ飛ばされたテンテンが大量のクナイと共に宙を舞う。咄嗟に突き出した槍によって鎌鼬の刃自体は避けたようだが、あれだけの風が直撃して体を打ちつけたとあっては流石に意識は無かった。
口から飛び出した鮮血に、リイはぐっと歯を食いしばる。

「テンテン…」

荒い息を繰り返すテマリの携えた扇子の上に、テンテンの体が落下した。

「なんてデタラメな威力の技だ…」

ネジの額から汗が伝う。
とても下忍レベルの術とは思えない、圧倒的な威力の技。
テンテンを相手に予想外の苦戦を強いられたのか、テマリの顔からは焦りの色が消えていなかったが、四肢を投げ出し、ぴくりとも動かないテンテンの気絶を確認したハヤテがその敗北を告げると、一つ深呼吸をしてようやく表情を元に戻した。

「フン…他愛もない」

流れた汗を拭ったテマリは残忍な笑みを浮かべると、刃物の散らばる床に向かってテンテンの体を投げる。
すぐさま反応したリイが、観客席から飛び降り、ぐったりとしたテンテンの体を受け止めた。間近で傷の様子を確認したリイは、くっと目元を険しくさせる。傷は決して浅くない。

「ごめんなさい、私が…」

リイは拳を握りしめ、俯いた。テンテンは善戦した。しかしやはり、この組み合わせは相性が悪すぎる。
あるいは、考えたくもない事だが、どんなにリイが未来を変える為に努力をしたとしても『運命を変える事は出来ない』のかもしれない。
あんなに努力して、強くなったテンテンが結局テマリに勝つことは出来なかったように。

リイはふと、こちらを見つめる視線に気が付いて顔を上げた。
観客席からこちらを見下す冷たい瞳。砂の、我愛羅。

視線が、交錯する。

リイは眉根を寄せて、その目を睨み付けた。
砂の我愛羅。『ロック・リー』を完膚なきまでに敗北に追い込み、その忍生命すらも絶とうとした男。
もしも自分が『ロック・リー』と同じ運命を辿るというのならば、彼に負ける未来は確定しているのだろう。それでも。


「―――…テンテン、約束します。私は決して、負けません」


気を失って眠るテンテンの髪を撫でながら、リイは小さく呟く。
身じろぎしたテンテンに、リイは無理矢理口角を上げて笑みを作った。



「運命になんて、屈してやるもんですか」



握った拳を冷たい床に叩き付け、リイはそう吐き捨てた。







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