18

目的地までの道すがら、いくつかのトラップと敵の待ち伏せをネジの白眼で回避したリイ達は、昼前には二次試験のゴール地点である中央の塔に辿り着く事ができた。
周囲に敵影がない事を確認したネジが合図し、扉の前にリイとテンテンの二人が降り立つ。

「はあー、やっとついたあ…」

「思ったより時間がかかりましたね。もう日も高い」

テンテンが膝に手をついて休息を取る中、リイは眩しそうに目を細めながら空を見上げる。天気は快晴、背の高い木々が周囲になく、開けた場所にある塔の周辺は陽気に満ちていて、今が試験中でなければ絶好の修行日和となっただろう。

「しっかし、途中のあの罠の多さには参ったわ。みんな考える事は同じなのねー」

「それらを百発百中で回避するあたり、流石はネジですね。蛇に遭遇する事もなく無事にたどり着けて本当に良かった」

「蛇?」

「あ、いいえ、こちらの話です」

死の森を移動する最中、どこかに潜んでいるのであろう大蛇丸に万一遭遇してしまった場合を想定し、水面下でずっと緊張の糸を張り巡らせていたリイは、何事もないまま無事に塔に辿り着けた事にほっと胸を撫で下ろしていた。
さて、あとはもう塔の中に入り、巻物を開くだけだとリイは扉に手を掛ける。するとそこで、唐突にネジの待ったが掛かった。
肩を掴まれ、訝しげな顔で振り向くリイに、どこか険しい顔をしたネジが向かい合う。

「ここに来るまでの道すがら、いつ言おうかと迷っていたんだが…」

ネジの視線がリイのマフラーに覆われた首元あたりを彷徨う。ハッと気付いたリイは、思わずマフラーを両手で押さえた。
す、とネジが右手で印を組み、目にチャクラを集約させ、白眼を発動させる。

リイの長いマフラーの下。白眼で透視したそこには、もぞ、と動く小さな影。

「…お前、何を連れてきている」

「い、いやですねネジこのむっつりスケベ!女の子の服の下を白眼で覗くなんて…」

「しらばっくれるな!」

ネジは血管の浮いた目元を怒らせ、勢いよくリイのマフラーを掴み、剥がした。
唐突に明るくなった視界に、反射的に身を縮こまらせる毛玉。
リイの肩口から覗いたつぶらな瞳に、テンテンは思わず叫んだ。

「ちょっとリイ、それって…!」

リイの左肩からちょこんと顔を出す―――リス。
それは紛れもなく、先刻リイが起爆札から助けたあのリスだった。

「連れてきちゃったの!?」

「な、懐かれてしまって…いくら野に放そうとしても着いてきたものですから、つい」

「ついじゃない!試験中になにを考えているんだお前は!」

ネジの剣幕に、怯えたリスがリイの首にしがみつく。

「まあまあネジ、怒鳴らないで。この子は責任を持って私が飼いますから」

「馬鹿を言うな!三次試験も控えてるんだぞ!?森へ返してこい!」

びし、と薄暗い森の方向を指さすネジに、テンテンの中でよくある典型的な母親のイメージが重なった。

『おかあさんこの子飼いたいよう』『ダメッ、うちじゃ飼えないわ、捨ててきなさい!!』『ちゃんと世話するからあ』『うちにはそんな余裕ありません!』

テンテンは脳裏を過ったそれを振り払おうとブンブンと頭を振る。

「まったく…!」

「あっネジ…」

リイが制止の声を上げるが、ネジは構わずリイの首にしがみついたリスに手を伸ばした。
と、次の瞬間、怯えて震えていたリスがネジの指に噛みつく。唐突な痛みにクッと眉を寄せたネジは、リスの体ごと噛まれた指を持ち上げながらリイを睨み付けた。

「こいつ…!!しかもオスか!」

ちゃっかりリスの性別を確認したネジが、指を振ってリスを落とす。宙に浮いたリスは、慌ててリイの肩に飛び乗り、首筋へ戻ると、そそくさとリイの後頭部へ隠れた。その懐きっぷりに、テンテンはただ嘆息する。
どうやらリイの美少女オーラは人間だけでなく小動物にも有効らしい。

「ネジが怖がらせるからですよ。隠れちゃったじゃないですか」

ネジの視線から逃れるように頭の後ろに隠れたリスに、リイはゆっくりと手を伸ばす。
近づいてきた指から逃れようと、目を閉じて体を離そうとするリスに、すうと息を吸って、リイは静かに唇を開いた。

「ほら、怖くない…」

睫毛を伏せ、優しげな声音でリスを諭すリイ。お前はどこの姫姉さまだ。
しかし、そのリイの呼びかけが効いたのか、リスは恐る恐るリイの後ろから顔を出した。
見つめ合う美少女と小動物。なんだかほんわりとした空気が広がる。
リイの差し出した手のひらに、確かめるようにゆっくりと前足を出したリスが乗った。

「怖くない。ね?」

両の掌でリスの体を包み込んだリイが微笑みかければ、先程まで怯えていたリスは顔を上げ、しばらくリイを見つめた後、やがて元気にパタパタと尻尾を動かし始める。
す、とリイが両腕を広げれば、軽やかな動きでその上を走り回った。

「ウフフ…フフフフフ、フフフフフフ…フブッ!?

バックに花を散らしながらくるくると回り始めたリイ。しかし間髪入れず、二つのハリセンがリイを叩き飛ばした。

「いい加減にしろ!!」

「何か分かんないけど、そのネタはそれ以上やっちゃだめー!」


拳を握って怒鳴る二人に、リイは叩かれた箇所をさすりながら「いきなり何するんですか!というかどこからハリセンを!?」と抗議をする。ちゃっかり難を逃れ、リイの頭の上にしがみつくリスを見て、リイはネジとテンテンを軽く睨んだ。

「まったく、テトがまた怯えちゃったらどうするんです」

「何ちゃっかり名前決めてるんだ!森へ返せって言っただろ!」

「ていうかそれ以前に、その名前はまずい気がする…なぜかは分からないけど…」

断固として認めない、といったネジの姿勢に、リイは頬を膨らませ、唇を尖らせながらそっぽを向いた。

「いやですよ、飼うと言ったら飼うんです。そして立派な忍リスに仕込んでみせます!」

忍リスって何。というか普通の野生のリスにいったい何を仕込むつもりなの。
テンテンは口に出しかけたツッコミを飲み込み、代わりに頭を抱えた。リイはこういう所で頑固な性格をしているから、言った所で聞きはしないだろう。
諦めた方がいいわ、とネジの肩を叩くテンテンに、ネジは拳を震わせながら葛藤する。

うるうるとした二対の瞳。いたいけな小動物と美少女の視線に晒されたネジは、歯を食いしばって震える拳を握りしめた。
片方だけなら無視出来るのに、タッグを組まれると…。
潤んだ瞳に見つめられ、ネジの良心をチクチクとした針が刺す。もちろん針とは上記の一人と一匹の突き刺さるような視線である。何ら悪い事はしていない、正しい事を言っている筈なのに、なんだこの罪悪感は。

「ネジ…」

「キィィ…」

暫くの間沈黙が流れる。
風が吹き抜け、草の揺れが収まり、雲が流れるスピードを少しだけ早くした。
どこか遠くから鳥の鳴き声が聞こえてくる。

―――根負けしたのはネジの方だった。

長い睨み合いを終え、佇まいを直したネジは、リイの肩を掴むと忌々しげに吐き捨てる。


「…いいか、トイレの世話と毎日の散歩はお前がきっちりやるんだぞ…!」

「お母さん!?」


流石のテンテンも、ネジにツッコまずにはいられなかった。







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