17

サクラが変わり身の術の印を結んで駆け出す。
人質がいなくなればこちらのものだ。サクラがクナイを構え、ザクに向かって投擲する一連の流れを見届けたリイは、音もなくその場から掻き消えた。

サクラのクナイを弾き返すために術を発動するザク。その延長線上に居たキンは、巻き添えを食わないようにその場を離れようとする。

「逃がしません―――虚刀流・鷺草!!

油断していたキンを、リイの浴びせ蹴りが襲った。
勢いよく体を吹っ飛ばされ、幹に強かに背を打ち付けたキンは血を吐きながら気を失う。

―――残りは一人。

ザクの方を振り向けば、血塗れのサクラが必死になってその腕に噛みついていた。

「クソ、放せコラ!!」

頭を何度も強く殴られ、血を流しながら、それでも決して顎を放そうとしない。
それはサクラの決意の表れだった。何が何でも、この場に居る仲間を守る。
―――例え、死んでも!!

「このガキィ!!」

勢いよく起き上がったザクは、サクラを吹っ飛ばし、息も絶え絶えのその体に向かって空気砲を放とうと両腕を突き出した。
その、瞬間。


「「「!!??」」」


不意に感じた強大なチャクラに、その場に居た全員は動きを止めた。少し離れた場所に居たリイさえも。
ゆらり、とサクラの後ろで影が動く。

「…サスケくん…!?目が覚め…」

振り返ったサクラが、起き上がったサスケを見て目を見開いた。
立ち上る禍々しいチャクラ。
そして体中に広がった痣。―――呪印。

「サクラ…。誰だ…お前をそんなにした奴は…」

「サ、スケ…くん…?」

その異様な雰囲気に、サクラは声が出ない。
サスケが意識を取り戻した。うれしいはずなのに―――怖い。

黙り込んだサクラを一瞥した写輪眼が、リイとザクを見る。

「どいつだ…」

ぎらぎらと鋭い光を発する写輪眼に睨み付けられ、リイの頬から一筋の汗が流れた。
このタイミングで呪印発動とは…。

(この間の事といい、なんて面倒事しか起こさない奴なんだコイツ…流石はあの案山子の部下だけある)

リイはふるふると震える拳を握りしめた。
実は彼女のそれは恐怖から来るものではなく、いつもいつも事をややこしくしようとするサスケへの怒りからである。
リイの中で嫌いな人物ランキング堂々の一位を飾っているはたけカカシの部下である事を抜きにしても、リイにとってサスケは第一印象最悪のトラブルメーカーそのものだった。先の事を考えていた時、こいつさえいなければきっと木の葉の里は平和なのではと思った事もある。

だから、遠慮なく…。


「お前をそんなにしたヤ」「寝てろ!!」


リイの手加減なしの踵落としがサスケの頭にクリティカルヒットし、サスケが顔面から地面に突っ込んだ。
唐突な攻撃に受け身を取る事もなかったサスケはそのまま意識を失い、勢いよく地面にめり込んだ体から呪印が引いていく。



(((((((…え、えええええええええええー!?)))))))



まさかの展開に、気絶しているドスとキン、ナルトを除くその場に居た全員が白目を向き、内心で叫んだ。
ちなみにその場の全員とは、サクラとザク、たまたま近くを通りかかり、ちゃっかり隠れて事の成り行きを見守っていたアスマ班の三人、そしてリイを追いかけてきていたネジとテンテンの二人である。

「ちょっとアンター!!一体全体サスケ君に何してくれてんのよー!?」

「あっおいイノ!?」

あまりの事につい勢い余って飛び出したイノ、それを追いかけて頭をひょっこり出したシカマルとチョウジに、サクラは「え、イノ!?」と目を瞬かせる。

「何考えてんだこの状況で飛び出すなんてよ!これ以上場を混ぜてどうする!!」

「だってアイツがー!」

チーンという効果音が付きそうな程見事にノックダウンし、倒れているサスケと、その傍らに佇むリイを交互に指さしたイノが、シカマルに抗議した。リイはその様子を見ながら、先ほどよりも混沌とした場に思わずため息をつく。
まったく今年のルーキーにはトラブルメーカーしかいないのか。

「チッ、ワラワラと虫みてェにわきやがって…」

吐き捨てたザクが、その場の全員を見回して両腕を構えた。
そういえば今シリアスな戦闘中だった、と唐突に思い出した木ノ葉勢は、慌てて防御の態勢を取ろうとする。

こうなりゃ全員一気にやってやる、とザクは印を結ぼうとした。
が。


「いや、あなたも寝てて下さい」


ノーガードだった脳天にリイのチョップが決まり、ザクの意識は黒く閉ざされた。




*




「いや縛る必要があるのは分かんだけどよ、何もその縛り方にする必要はなかったんじゃねーか…?」

気を失ったドス・ザク・キンの三人を、どこからか取り出した縄でそれぞれを海老責め、逆海老、亀甲縛りの縛り方で締め上げたリイは、その場で一番高かった木の枝から三人を吊るすと、満足したように拳で汗をぬぐった。
ガイにアブノーマルなプレイを好む嗜好があった場合を想定して、もしもの時の為に(そのもしもってなんだという突っ込みはしてはいけない)覚えた緊縛が、こんな所で役に立とうとは。まったく人生は何があるか分からないものである。
うんうんと納得しているリイの後ろで、サクラ及びアスマ班の三人は思い切りドン引きしていた。そりゃそうだ。天使の如き美貌の美少女が急にSM縛りなんてしだしたら誰だって引く。というか、美少女じゃなくても普通に引く。

「いやあ、あのドスって人、最初に見たときにミノムシみたいだなと思ったんですよ。これはもう、こうやって吊るせという神のお告げだと思いまして」

「ミノムシっていうか、なんかものスゲー事になってるけどなあの体制」

「そりゃそうですよ、もともと拷問用の縛り方なんですから」

この美少女、えげつない…。シカマルは頬をひくつかせた。これはあれだ、逆らってはいけないタイプだ。
イノはリイがサスケを容赦なく蹴飛ばして気絶させた一件から敵愾心を抱いているようだが、面倒くさい事を嫌うシカマルの本能が告げている。リイは間違いなく敵に回せば厄介なタイプだと。
どこからか取り出したマジックで吊るした三人の顔に『噛ませ犬乙』だとか『音忍≒ドM』などと落書きしだしたリイに、シカマルはダメだこいつ、早く何とかしないと…と額を抑える。

「その辺にしといた方がいいんじゃねーのか。サクラもボロボロだし、さっさとここを離れて手当してやった方がいい」

「…それもそうですね。では、この辺にしておきましょう」

シカマルの言葉に頷き、マジックをしまい込んだリイに、その場の全員がほっとしたのは言うまでもない。
ちなみにリイの音忍はドMという認識は、大蛇丸に激痛というオプション付きの呪印を貰っておきながら、その大蛇丸に喜んで付き従っている部下たちの狂信者っぷりを漫画で読んでいた為である。

「サクラ、こっち来なさい!髪、整えてあげるから」

手を振るイノに、サクラが振り返った。
近くに敵の気配はない。脅威であった音忍もあの通りだし、サクラの治療はイノたちに任せてそろそろおいとましよう、いい加減ネジとテンテンも痺れを切らしているだろうし、とリイはイノの方に行こうとするサクラに「では、私はこれで」と声を掛けた。

「あっ、待って、リイさん…」

足を止めたサクラが、踵を返したリイの手を掴む。

「ありがとうございました…。私、リイさんのおかげで目が覚めました。ちょっとだけ、強くなれた気がするんです…」

にっこりとサクラが微笑む。リイはその姿に、昔の自分の姿を垣間見た。
誰かの背に救われて、自分の進むべき道を見つけた者の、心からの笑み。リイは、幼い頃に見たガイの背を思い出して、やわらかく口角を上げる。


「あなたは強く、美しい忍になりますよ。必ずね」


リイの言葉に、サクラは目を丸くした。そんなサクラに、すっと背を向けたリイは、一瞬にしてその場から消え去る。
ふと、眩しい光が目に射して、サクラは手のひらを額に当てながら、空を仰ぎ見た。

朝日。―――なんて眩しい。

いつの間にか、夜が明けていた。数時間前の、一人ですべてを守らなければならないと闇の中でもがいていた事が嘘のように、朝は訪れる。

「サクラー、早くう!」

イノが手を振って、座るように促した。
サクラは笑って足を踏み出す。今なら、何でもできそうだ、そう思った。







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