15
「もう一時間で空が白むだろう…。活動を休止してるチームが殆どだし、予定通りこの時を狙って塔を目指す」
太く地面に張り出した木の根に腰かけたネジは、正面と左隣で補給をするリイとテンテンを見据えながら、左手に握ったクナイをくるくると弄んだ。
敵チームから運よく必要な巻物を奪ったはいいが、これはサバイバルの巻物争奪戦、巻物を揃えた今のリイ達は奪われる側になった。
ここから塔を目指すわけだが、最初に予想した通り、塔までの道には恐らく罠や待ち伏せる敵の忍が多く居るだろう。
なるべく敵の活動時間を外し、行動する。巻物を手に入れた後、そう決めた三人は、他のチームが活動を休止するであろう夜明け近くを待ってから塔を目指す事にした。
「腹ごしらえも済みましたし、丁度いい頃合いかもしれませんね。テンテン」
「私も大丈夫、行けるわ。…ていうか、今更だけどリイ、なんであんた食べ物を口寄せする巻物なんて持ち歩いてんのよ」
まさかサバイバル試験の最中にサンドイッチを食べる事になるとは予想していなかったわ、とテンテンが指を舐めながらリイから渡された巻物を見る。
巻物の中に記された口寄せの印には、五日分の食料が封じられていた。チャクラが無いリイには口寄せを行うことができないので、その巻物はテンテンに渡された訳だが、なぜリイが自分で使う事も出来ない口寄せの巻物(しかも中身は食べ物)を持ち歩いていたのか。
訝しげな目でリイを見る二人に、リイは「食べておいて今更その疑問を?」と困ったような顔をする。
「備えあれば憂いなしっていうでしょう。中忍試験に備えて、持ってきていたんですよ」
「いやそんな説明で納得する訳ないでしょ」
肩を落としたテンテンを、まあまあ、と宥めながらリイは腰かけていた木の根から立ち上がる。
巻物はもちろん、試験内容を知っていたリイがこの日の為に用意したものであり、中身の食べ物もすべてリイのお手製だ。ちなみに、巻物に封じる作業はこういった巻物を取り扱っている店の人に頼んでやってもらった(仕込みが苦手な忍も居るので、別段珍しい事ではないそうだ)。
「お蔭で食料確保に時間を取られる事もなく、こうしてゆっくり休息を取れたんですから。細かいことは気にしないで行きましょう」
パンパン、とリイが手を叩くと、同じく立ち上がったネジとテンテンの三人が向かい合う形になった。
「用意はいいですね?」
「うん」
「ああ」
「では!」
ザッと三人が地を蹴り、姿は一瞬にしてその場から掻き消える。
勢いで散った草の葉が地面に落ち切る頃には、三人は空中に居た。
*
「ネジ、罠はありませんね?」
リイは塔までの道を急ぎながら、白眼で進む先を警戒するネジを確認の為に振り返った。
目の横に血管を浮かせたネジは、ほぼ三百六十度、進行方向の数百メートル先、障害物すら透過させて視界をくまなく確認しながら、罠の有無を確かめる。
「ああ、大丈夫―――、
っ待て!」
ネジの制止の声に、リイとテンテンは直ぐに足を止めた。
タン、と降り立った枝で、幹に手を付きながら同じく動きを止めたネジの方を見る。
「どうしました?」
ネジは無言でクナイを取り出す。ヒュ、と投げたクナイが草陰に突き刺さると、ガサリと葉が揺れ陰からリスが飛び出した。その背からはちらちらと炎が上がっており、リイとテンテンはすぐに異常を察する。
「あれは…起爆札!」
「あぶない、爆発するわ!」
テンテンの声に枝から飛び降りたリイは、発火しだした起爆札を背にくっつけ、もがくリスの体を掴んだ。
間一髪、爆発する前にリスの体から起爆札を剥がしたリイは、ぐしゃりと燃える札を握りつぶす。
「間に合った。…誰がこんなに酷いことを…」
怯えるリスを掌に乗せ、リイは睫毛を伏せる。
((流石美少女…小動物と戯れる姿も様になる…))
こんな状況だというのに、リイの背後にフワフワとしたトーンの効果が見えて(あくまで幻想である)、ネジとテンテンは思わず半目になった。
「ってやってる場合か!リイ、テンテン、北に二百メートル、音忍とうちのルーキーがやりあってる。相当追い詰められてるみたいだな…」
「北…進行方向ね。どうする?」
リイの頭に、原作の内容がよぎった。
音忍…それはもしかして、サクラが髪を切るあのシーンがあるアレじゃないか。
ロック・リーが助けに入るあの話。
だとしたら、もしかして自分が助けに行かなければサクラはまずい状況になっているのでは…。
リイは掌の上のリスを見つめながら、頭を振った。
(いやいやいや、大丈夫、私が助けに行かなくても何とかなるでしょう、たぶん…)
気にせず、巻き込まれないように迂回しましょうと言おうとしたリイだったが、不意に、つぶらな瞳で自分を見つめるリスの姿にボロボロのサクラの姿が重なって見えた。
サクラ。
後の綱手の弟子。
医療忍術のスペシャリスト。
そこでリイはある事に気が付きハッとする。
そう、サクラは将来医療忍者になる。それも、綱手と並ぶ…いや、潜在能力をで言えば綱手以上に凄腕の。
そしてリイやガイといった肉体を武器とする体術使いの忍にとって、医療忍術は切っても切れない関係にある。
ということは、ここで恩を売っておけば、後々役に立つ時がくるかもしれない。
リイは立ち上がると、リスを肩に乗せてネジとテンテンを振り返った。
「加勢しましょう。同じ木の葉の忍です…それに、かわいい後輩たちじゃないですか。ここは助けてあげましょう」
笑顔でそう言ったリイに、ネジとテンテンはハトが豆鉄砲を食らったような顔をした。
数秒の沈黙。ハッと我に返ったテンテンが勢いよくリイの肩を掴む。
「ちょ、ちょっとリイ…!?どうしちゃったの!?」
「ガイ以外の事にはこれっぽっちも興味を持たないお前が“かわいい後輩を助けましょう”だと…!?」「あなたたち二人は私の事をなんだと思っているんですか?まったく…」
ショックを受けたような表情でリイに詰め寄る二人の姿を睨み付け、リイはコホンと一つ咳払いをして北の方向へと向き直った。
「情けは人の為ならず、です。後々の為ですよ。決して我々の損にはならない筈です」
行きましょう、とリイは二人の返事も待たず、地面を大きく蹴って跳んだ。
「あっ、おい、リイ…」
「…行っちゃった…。どうする、ネジ」
口を引きつらせながらリイの去っていた方向を見つめたネジとテンテンは、顔を見合わせため息をついた。
まったく、こうと決めたら即行動に移すところは、決断力があるといえば聞こえはいいが、少々無謀だ。あのリイの事だからそう簡単にやられたりはしないだろうが…。
「仕方ない、オレたちも行くか…」
「ほっとくわけにもいかないしね。でも、ネジは出ないでよ。巻物持ってんだから」
「分かっている」
頷き合った二人も、リイに続いて地面を蹴る。
まったく、世話の焼ける奴だ。
そう言って呆れながらも、決してリイを見捨てることはない。リイにとっての二人がそうであるように、二人にとってもまたリイは大切なチームメイトなのだ。
(それに、リイは何かと突っ走る所があるから、何かあったら私達が止めないと)
ネジを見るテンテン。二人は再び頷き合う。
…前言撤回。二人はどちらかというと、リイの保護者そのものだった。
前 次