14

日もすっかり暮れて、独特な静寂に満ちた夜の森。

男は森全体を包み込む異様な雰囲気と、いつ敵襲があってもおかしくないサバイバルの緊張感に神経を尖らせながら、慎重に木々の間を移動していた。
後ろではチームメイトが一定の間隔を保ち、同じように周囲を警戒しながら男の後をついてきており、後方、側方に敵の気配が無いことを伝えている。
前方への注意を怠らないようにしつつも、背後のチームメイトが無事についてきている事を確認した男は、ほっとして再び意識のすべてを前方へと向けた。

開始地点が川から遠く離れたゲートであった為、男のチームはこんな時間になっても未だ水・食料の確保をできないままでいた。
森の中で行われる巻物争奪戦、そしてなによりこのサバイバルにおいて、五日間のライフラインを確保できない事は敗北、あるいは死を意味する。
戦争においての兵糧の価値は言うまでもなく重要だ。これのあるなしで精神面・体力面のコンディションは大きく異なる。殆どの忍と同じく、忍になる過程でそれをみっちりと叩き込まれた男は、そのライフラインの確保ができていない現状に些か焦りを覚えていた。
食料はともかく、水だ。ものは食わずとも多少は持つだろうが、水はそうもいかない。こうして移動に体力を消費している以上、水分を補給しなければ早々にダウンしてしまう。

まずは水の確保。

そう考え、川へ向かって移動を始めたが、如何せんスタートの位置が遠すぎた。
途中で数度他チームと出くわし、交戦したが、ただ体力とチャクラを消費しただけで未だ巻物を得るには至っていない。
スタミナが切れれば、あとは餌食になるだけだ。敵を迎えるなら、万全の状態で。

と、その時、男の耳が小さな水音を捉えた。近い。確信した男は少々足を早め、木々を掻き分ける。

視界が開け、前面に広がったのは月明かりに反射する水面に、淀みない囁きのような水音。

川だ。男は立ち止まった。

足を止めた男に、背後に続いていた仲間たちも足を止める。
まずは敵影の確認。男は周囲を見回した。前方、異常なし、後方にも敵影は無し、右、異常なし、左―――。

男は首を左に動かしたその瞬間、思わず動きを止めた。

男から見て左、川の上流にあたる方向の、距離にして三百メートル先。
そこには、人影があった。


月明かりを浴び、眩しいほどに輝く白い肢体。


黒髪からキラキラと光る水滴を滴らせながら、少女は静かな動作で長い横髪を撫でる。

それは、あまりにも神秘的な光景だった。

絵画に描かれた女神のように美しい少女が、闇の中で月明かりに照らされながら水浴びをしている。
白く細いたおやかな指が、誘うように闇の中を踊る。その背を滴る水滴が、艶めかしく輝いた。

ちゃぽん、と水が跳ねる。水音に、男はハッとして我に返った。

慌てて背後を振り向けば、仲間たちも同じ状態になっていたらしく、男が急に振り返ったその動作で意識を現実に引き戻したようだった。
三人はその光景のあまりの美しさに、ここが死の森と言われる一瞬の油断も許されない場所である事も忘れ、少女の姿に魅入ってしまっていた。

頭を振った男は、額から伝う汗を拳で拭った。

なんとか冷静さを取り戻し、男は警戒心を剥き出しにしながら再び少女の様子を観察する。
つ、と視線を動かせば、近くの河原には少女のものと思わしき服と荷物が置かれていた。もしかすると、あの中に巻物が入っているかもしれない。

いいや、と一瞬よぎった考えを振り払うように男は目を細める。

更に近くを見渡せば、少女の居る位置よりも少し離れたところに、少女のチームメイトと思わしき人物が二人、背中合わせに睡眠をとっていた。まだ夜半と言えど、忍にとっては十分活動時間といえる時間だ。だから受験生達は、他の忍を警戒してこんな時間に休んだりなどしない。男は訝しげに眠る彼らの周囲を観察した。
傍に食事をしたと思わしき形跡がある。暫く考えた後、男はこのチームは他のチームよりも早めに休息を取り、そして他のチームが休息に入った所を狙うつもりなのだろうと推測した。

裏の裏をかいたつもりなのだろうが、甘い。男は口元に笑みを浮かべる。

見たところ、少女達はこの受験を初めて受けるチームなのだろう。顔立ちもまだ幼い、下忍になって一年かそこらといった所だろうか。
呑気に水浴びなどして…。所詮は子供の考える事だな、と男はクナイを取り出し、握りしめた。
もし仮に、これが罠だったとしても、今見張りとして起きているのであろう少女は丸腰だ。他の二人とて、眠っているあの体制から起きて攻撃や防御に転じるまでは数秒の間があるだろう。
背後の二人に合図をして、男は駆け出す。

もらった!!

少女たちへの距離が残り百メートルを切った時、三人は一斉に手裏剣を放った。




*



「いやあ、うまくいきましたね」

川から上がったリイは髪から滴る水滴を振り払いながら、木の陰に待機していたネジとテンテンに声を掛けた。
先程ネジとテンテンが眠っていた場所は何かが爆発したかのように大きく抉れ、周囲にはクナイとワイヤーが散乱している。
そして滴り落ちた水滴で土に水の染みを作るリイの足元には、三人の忍が伸びていた。
リイは男たちの忍具入れをごそごそと探り、三人目のところでぴたりと動きを止める。

「ありましたよ。…ああ、これは運がいい。いきなり当たりです」

それは、リイ達が受け取った巻物と対になる巻物だった。リイは巻物を持ち上げると、こちらに歩み寄る二人へと文字部分を見せ、軽く振る。

「それにしてもテンテン、起爆札のタイミング、ナイスでした」

「そぉ…?私達は自分の分身が爆発するサマをまざまざと見せられてあんまりいい気分じゃないんだけど…」

実は先程眠っていたネジとテンテンは、彼らの術によって作られた分身だったのである。
テンテンは分身たちの下に起爆札の仕込みと、更に爆発後にクナイが相手に向かって乱れ飛ぶ仕掛けを施していた。
手裏剣を放ちながら肉薄した敵の忍びを、まずは起爆札が襲い、不意の攻撃に咄嗟のガード体制を取った所をクナイで攻撃。
そして体制が崩れた所に、水中から飛び出したリイがそれぞれの脳天に重い一撃を食らわせ、重度の脳震盪を起こす事でノックアウトさせたのだ。

「裏の裏の裏を読んだつもりだったんでしょうが、甘いですね。こんなサバイバル試験中に呑気に水浴びだなんて罠以外の何物でもないでしょうに。大方丸腰である事に油断したんでしょうが…」

リイは腰に手を当て、顎を反らした。

「私は丸腰の方が動きやすいんですよ」

ぽい、と巻物をネジに放る。
それを受け取ったネジは、仁王立ちするリイに思い切り顔を顰めて目を反らし、「いいからさっさと服を着ろ!」と河原に置いてあるリイの荷物を指さした。

当然だが、先程まで水浴びをしていたリイは、パンツを除いた衣服を纏っていない。
ちなみにパンツはネジの「下着まで脱がなくていいだろ!」という意見によって履いたままだった(本人は水で濡らすと乾かすのが大変だからという理由で全裸で行くつもりだったが)。
リイは見た目は思春期の少女でも、中身は三十を過ぎた成人女性。今更少年少女にちょっと裸を見られたぐらいで恥ずかしいとは思わないのである。

「何を恥ずかしがっているんですか、生娘でもあるまいし。忍なんですから女の裸ぐらいでいちいち動揺していたら話になりませんよ」

パンツと髪の毛で際どいところ隠れてますしね、とリイは肩を竦める。
「その横髪って胸を隠す為に伸ばしてたの…?」というテンテンの呆れたような突っ込みに、リイは軽くウインクして「名付けてロック・リイ流、チャクラいらずのなんちゃってお色気の術、です」とセクシーなポーズを取った。
もちろん美少女のみが使うことを許された術である事は言うまでもない。

「ちなみにこのまま高速移動すれば残像でハーレムの術もできますよ。ネジ、どうです?」

「「やらんでいい!!」」


ネジとテンテンが白目をむきながら怒鳴った。







「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -