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(私としたことが…この『物語』のトラブルの根源である彼らにはなるべく関わらないようにしようと決めていたのに、ガイ先生の永遠のライバルという羨ましくも憎たらしいポジションにいるはたけ何某の弟子に喧嘩を売られては買わないわけにはいかないと、つい熱くなってしまった…)

リイは教室への道すがら、サスケの挑発につい乗ってしまった己を恥じ、深く反省していた。
人気のない廊下の隅で壁に右手をつき、項垂れながら先ほどの出来事を思い出す。
もちろん、本気で相手をするつもりはなかった。だが、あそこでガイが止めてくれなければ、リイは試験が始まる前にサスケを完全に伸してしまっていただろう。

今のリイは、原作のロック・リーよりも遥かに強い。

これは自惚れではなく、確信だった。
リイの体術、そのスピードは、時に師であるガイすら凌駕する。あのネジですら、白眼無しではまともな勝負にならない程だ。
それに、とリイは包帯で巻かれた拳をじっと見つめる。
リイには、ある程度の動き・原理を理解している『技』なら、その殆どを再現できてしまうだけの才能と力があった。
アカデミーの教師やガイから教えられた木の葉流体術、柔拳法、そして己の知識の中にある『漫画やアニメの体技・必殺技』。
チャクラを殆ど使うことができないリイだからこそ、修行の時間全てを体術に費やし、それらを取得する事ができたわけだが、『一瞬に地面を十回以上蹴って瞬時に移動』などという無茶苦茶な技を『出来るようになるまで頑張ったら出来た』だなんて、とても『努力』の一言では済ませられないようなあまりにも荒唐無稽な話だ。
忍術を使うことができない、というのは忍として致命的なハンデだが、リイの能力はその短所を補ってあまりあるだけのものがある。

それでも。

リイは、ずっと迷っていた。

今のところ、時間はリイの知る物語と殆ど同じ流れで流れている。
ガイ班との出会いや、先ほどのサスケとの戦闘が、そのいい例だ。
リイが漫画を読んだのはもうかれこれ十年以上昔の事になる。その為、内容は覚えていたり覚えていなかったりと曖昧だが、だいたいの大筋は把握しているつもりだ。特に要所要所は、忘れないよう(もちろん他人に見られても大丈夫なようにカモフラージュした上で)日々持ち歩いている手帳にメモしてある。

たとえば死ぬ運命にある人々。この中忍試験で言えば、月光ハヤテや三代目火影といった所か。
彼らの未来を知っているリイなら、彼らをその運命から救うことが出来るのではないかと、リイはずっと悩んでいた。
しかし、上忍や火影といった立場にある彼らに、一介の下忍であるリイがどうこう口出しできる訳がない。先の事を話した所で、『本で読んだから未来を知っています』だなんて気が触れていると思われるに決まっている。たとえリイ以外が知らないような情報を話して信じてもらおうとしたとしても、逆に怪しいものと疑われ、最悪殺されるかもしれない。
相手の裏をかくことに長ける忍の世界では、簡単に相手を信用したりしない。疑わしきは罰す、そんな事は日常茶飯事だ。
かといって、リイ一人で未来を変えるために出来ることなど、たかが知れている。いくら体術が強いといっても、リイには肝心の忍術や幻術のスキルがない。
三代目火影が死力を尽くして勝つことのできなかった大蛇丸や、主人公であるナルトが仙法を使ってやっと互角に戦ったペイン、そして五影の力を以てしても倒すことのできないマダラを先回りして相手取ることなど、現実的に考えて、例え忍術を使うことができたとしても無理だ。
今のリイにできること、それは精々己が死なないように強くなること。そしてその力が通用する範囲で、守りたいものを守ること、それだけだ。

しかし、どうしようもないと分かってはいても、このまま何もせず黙って彼らが死ぬのを見ているのも気が引ける。
『物語』は、細かい部分は違えど大筋はリイの知っている通りに進行する。彼らの死は避けられない。

そして、リイにはそれ以上にもう一つ、恐れている事があった。
それは、己がもし誰かを救う事ができたとして、それによって変わった未来がネジやテンテン、ガイが死ぬ未来だったとしたら。

―――そんな未来を、認める事はできない。

リイは俯いていた顔を上げると、壁についていた手を握りしめて、軽く殴った。
高嶺の花と囁かれ、他人を寄せ付けない雰囲気故にどこか一匹狼だと思われがちなリイだが、彼女も元を正せばただの人だ。一年以上も共に過ごした仲間ともなれば情もわく。想い人であれば尚更。
ガイ。ネジ。テンテン。
その三人は、リイにとって掛け替えのない仲間であり、戦友だ。
知らない世界に放り出されたリイの、手のひらの中に収められた小さな世界。リイにとってのすべて。命を懸けて守るべき価値のある大切なもの。
彼らを喪う事だけは、絶対に認められない。

例え、誰を、何を、喪うことになろうとも。

(この手のひらの中の世界を守ってみせる)

―――中忍試験。
長きに渡る、ナルトとサスケの因縁はここから始まる。
それによって生まれる悲劇、その幕開けを。




リイは踵を返して、301の教室の扉―――リイにとっての『物語』の中へと足を踏み出した。







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