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三人がドン引きしている一方で、リイは久々のガイの抱擁に(三人からは見えない位置で)表情をとろけさせながら幸せの絶頂に浸っていた。

(先生自ら抱きしめて下さるなんて…!私は…私はときめきで死にそうです…!!)

リイは中身の歳を考えればガイよりも年上である筈だが、女というのは恋をするといつでも初心な少女になる訳で。好きな人からの熱い抱擁ともなれば天にも昇る気持ちになってしまうのも仕方がないと言えよう。
直前まで叱られていたというのに、なんとも現金な奴である。

胸の高鳴りがガイに伝わっているのでは…とドキドキしながらもそのまま抱き付いていると、不意にガイの腕から力が抜け、強く抱きしめられていた体がそっと離された。リイはそれを少し不満に思いながらも、目元の涙を指でそっと拭ってガイを見上げる。

「いいんだリイ…!若さに間違いってのはつきものなんだ…!」

「優しすぎます、先生…っ!」

感極まって、リイは声を詰まらせた。
トン、と肩に手を置かれ、顔を覗き込まれたリイは思わず眉毛をハの字に寄せる。

「だが、相手から売られたケンカとはいえ試験前に乱闘しようとした罰は―――建前上中忍試験後にでも受けてもらうぞ!」

ウインク一つ。
リイは両手で口元を多い、頬を真っ赤に染めた。

「先生が与える罰なら…私っ、どんな事でもやり遂げて見せませます…っ」

「そうか!じゃあとりあえず、演習場の周り500周だ!!」

拳を上げたガイに、素早く敬礼の体制を取りながら「了解です!」と返事をするリイ。そんな二人の姿を遠巻きに眺めながら、三人は死んだような目になった。

「オレたち、ゲンジュツでも掛けられてんだってば…?」

「バカね…そんなんだったら私がいの一番に気付くわよ…」

ちらり、とガイの視線が立ち尽くす三人の方へと向けられる。油断していた三人は、ガイの視線がこちらへ向けられた事に動揺し、一斉に体をビクリと震わせた。
正直、あの下睫毛の濃い瞳にじっと見つめられるのはそれだけで暴力に近い。サクラは両手を体の前に出すことでその視線から逃れようとし、サスケは頬から一筋汗を流した。

「君たちは確か…。そうだ、カカシ先生は元気かい?」

声を掛けられて、更には知った名前を出され、サスケは驚いたように目を見開いた。

「カカシを知ってんのか…?」

まさかこんな、いつも気だるげでこういう熱いノリとは縁遠い所に居そうなあのカカシがこの激眉男と知り合いだと…?と訝しげな三人の視線がガイへと突き刺さる。
一方リイは、その横でガイの口寄せしたカメに「お久しぶりです」と挨拶をしていた。

「知ってるも何も…クク………」

顎に手を当てながら、不敵に笑みを浮かべたガイ。サスケが瞬きした次の瞬間にはその場から姿が掻き消え、ハッと気が付いた時には背後に気配が回っていた。

「人は僕らの事を“永遠のライバル”と呼ぶよ…」

「「「!!!」」」

三人は目を見開き、一斉に後ろを振り向く。そこには一瞬のうちに三人の元へと移動したガイが得意げな笑みを浮かべながら佇んでいた。
いつの間に、と息を飲む三人に、白い歯を光らせて親指でぐっと己を指したガイは唐突に「50勝49敗」と呟く。

「カカシより強いよ、オレは…」

速い…スピードならカカシ以上。おそらくハッタリじゃない。
動揺を隠せず、本当に人間か?と冷や汗を浮かべるサスケの耳に、ふふん、と笑う声が離れた場所から聞こえてきた。

「流石はガイ先生…!むしろはたけ何某なんていう畑に突っ立ってるくらいしか役に立たないような歩く公害セクハラ男がガイ先生と勝負をして49回も勝利しているなんて事の方が私には信じられないくらいです!」

誇らしげに胸を張るリイが、見下すように顎を逸らし、ニヤリと笑った。その背中から迸る異様なオーラに、三人の頭の中にカカシのやる気のない表情がよぎる。
気に入らないのは“永遠のライバル”という言葉か、はたまたガイとの勝負の結果か…いや、その両方か。
逆恨みに近いとは分かりつつもリイから一方的な因縁を持たれているらしいカカシに、三人は心の底から同情した。
この先、街中でばったり二人が出会う事の無いよう祈ろう。腐っても自分たちの先生だ。カカシが万一このリイにしてやられるような事があれば、目も当てられない。公然とワイセツ本を読むような人物だ、美少女相手に油断しないとは限らないし。

「ま、君たち、熱い青春をしたいのは分かるが、うちのリイにちょっかいを出さないでやってくれ。ああ見えて熱いところのある奴なんだ…。勝負なら、試験で存分に、な」

シュ、とガイが投げたクナイが、リイの包帯を壁に繋ぎ止めていた風車型の手裏剣を弾き飛ばす。

「リイ、それから君たちも、そろそろ教室へ行った方がいい」

「はい、ガイ先生」

くい、とリイが包帯を引っ張る。その時、ナルトはリイの拳、包帯に覆われたその下に初めて気が付いた。
細く、たおやかな指や拳には無数の傷や打撲痕。可憐な少女の手には不似合なそれが、白い肌と相まってより痛々しく見える。

「ガンバレよリイ!じゃあな!」

ザッと音を立ててその場からガイが消える。リイはそれを見届けた後、クルクルと包帯を手際よく巻き取ると、端を歯で咥え、手首の位置でギュッと結びつけた。

「君たちに一言忠告しておきますが…」

唐突に口を開いたリイに、三人はハッとして振り向いた。
思いがけず真剣な眼差しが一人ひとりを見つめ、思わずごくりと息を飲む。最後にナルトと目線を合わせ、リイは口角を上げて不敵にほほ笑んだ。

「試験では手加減はしません。全力でお相手します。…覚悟、しておいて下さいね」

にっこりと蕩ける様な微笑みを向けられ、三人はそれまでの緊張を一瞬にして忘れ去った。老若男女、誰もが魅入る微笑みだ。当然三人も例に漏れず、口をぽかんと開けてその笑みに言葉を無くす。

フ、と背を向け、大きく跳んだリイがその場から消えた後も、しばらく三人は動けないままでいた。
何とも言えない静寂が流れる。

「…なんていうかァ…」

その中で、いち早く平静を取り戻したのは、意外にもナルトだった。
両手を後頭部に当て、きろりとサスケへ胡乱げな目を向けたナルトは「ウチハ一族も大したことねーんじゃねーの?」と口を尖らせる。
サクラが咄嗟にナルトを咎めるが、サスケは拳を震わせるとそのままナルトから顔を逸らした。

「クソ…。………次はあいつをのしてやる…!」

「フン、お前、自分から挑んでおいて手も足も出なかったくせによ」

キッと睨み付けるサスケに、ナルトはぷい、と背を向ける。
サクラが何か言いたそうに二人を見るが、ナルトが思いもよらぬ真剣な顔をして俯いたので、口を噤んでしまった。

「お前も見ただろ、あいつの手………」

少女の手には不似合な無数の傷。忍びとして日々の鍛練を怠っていないつもりでも、ああなるまで修行を重ねた経験は、今の三人には無い。

「あいつってば、すっげー特訓してんだろうなあ。毎日毎日…お前よりも」

ちら、とナルトがサスケの拳を見る。
先ほど見たリイのボロボロの拳とは違い、目立った傷はなく綺麗なものだ。己の拳も。

サスケは歯噛みして拳が震える程握りしめた。胸の内に広がるこの思いは、悔しさか。
それとも。

『試験では手加減はしません。全力でお相手します。…覚悟、しておいて下さいね』

ふ、と掌から力が抜ける。

「…フン」

サスケは再び拳を握りしめた。今度は震えない。

今度は全力のあいつと戦える。
…次は負けない。


「面白くなって来たじゃねーか…。中忍試験…、この先がよ!」



にやりと口角を上げ、サスケはサクラとナルトへ目を向ける。
二人はいつものペースを取り戻したサスケの様子に安心したような表情を浮かべると、頷いて笑い返した。


「行くか、ナルト、サクラ!」


「オー!!」


『物語』が、動き出した。







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